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マンスリーコラム

その日本語,相手を不快にします 36

2012年11月

社交辞令は誤解のもと

会社員にとって、転勤・転居はいつあってもおかしくない出来事です。したがって、そのことを知らせる挨拶状もお決まりの形式・内容となってしまいます。
 転居の挨拶で、お決まりの文句としてよく使われるのは、「お近くにおいでの折は、ぜひお立ち寄りください」でしょう。

 

これは、言うまでもなく社交辞令の類で、まともに信じて「お立ち寄り」などすると、奥方には迷惑がられ、会社では物笑いの種になります。

我が家に出入りする若い者の中にこの失敗を体験したのがいて、「いや社交辞令とは知りませんでした。そんなこととは誰も教えてくれませんでしたからね」とぼやきにぼやいていました。

参考のため、その時のやりとりを簡略に紹介しておきます。


「ところで、先生、『社交辞令』って正確にはどういう意味ですか」


「相手を喜ばせるために言う、心にもない口先だけのお世辞、などと国語辞典には書いてあるはずだ。外交辞令とも言うな」


「そんなことなら、新米社会人を惑わせるような『お立ち寄り』などと書かないでほしいですね」


「そうだね。転居通知の文例集には、『お近くに……お立ち寄りください』のような文が添えてあるようだが、その手の文句が全くないものもあるから、書き手がどちらを選ぶかということだろう。まあ、相手に誤解を与えるような社交辞令は、転居通知では避けるほうがいいだろう。しかし、社会人としては、これは社交辞令だと判断して読み過ごすことも生活の知恵だね」


「なるほど」


「君が出す立場になった場合は、社交辞令抜きの転居通知を工夫したまえ」


「例えば?」


「いや、それは自分で考えなければ勉強にならないだろう。例えば、と言われたから、一つ挙げると、現在もご存命の有名な作家が下さった転居通知には、『お立ち寄り』の代わりに、新居の周りの自然が、独自の表現で描写されていた。作家と言えば、芥川龍之介が転居通知の葉書に事実だけを書いたあとに、
銀杏落葉桜落葉や居を移す
という句を添えていたのを見たことがある。こういう転居通知を出すと君の株の上がること疑いなしだね」

 

 

 

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。

2011年11月逝去   *この原稿は、2011年に執筆したものです。

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