ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(17)「一体どのチームを応援しているの?」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2014年8月

「一体どのチームを応援しているの?」

前回、外国の方にもわかりやすい日本語を使おうというお話をしました。日本人にとっては、日本語を無意識に使っているので、改めて「分かりやすい日本語を使う」というのは、意外に難しいことだと思います。
 私は大学で生け花サークルの顧問をしていますが、サークルに所属している学生が、先日打ち上げの会の案内を次のようにしてくれました。「先生、ご連絡が遅くなったんですが、打ち上げは木曜日に変更になりました。」
 この説明を聞いて、皆さんはいつ打ち上げの会が行われるかわかりますか。ほとんどの方は「木曜日に打ち上げの会が行われる。」と理解すると思います。しかし、私はちょっと戸惑ってしまいました。というのも、この話を聞いたのが金曜日だったのですが、サークルの話し合いがその週の木曜日に行われていたことを知っていました。そこで、私は「木曜日の話し合いの場で日程を変更したのかな。」とも思ったのです。
 つまり、「打ち上げは木曜日に変更になりました。」の文は、「変更することを決めたのは木曜日だ。」という意味と、「打ち上げの日が他の曜日から木曜日に変わった。」という意味の二つの解釈が成り立つ文になっていたのです。
 このように複数の意味を持つ文を多義文と呼んでいますが、この文の場合、助詞「に」の働きがいろいろあるため、時を表す「に」だと判断すると「変更が木曜日に決定」という意味になり、「~から~に」という変更先を表す「に」だと判断すると「木曜日に変更」という意味になってしまうのです。 

 助詞「に」には、ほかにもいろいろな働きがあり、多義文を生みやすい助詞の一つでもあります。たとえば、次の文も二つの意味を持っていますが、どのような意味かおわかりでしょうか。
「今度のサッカーの試合では、絶対明海大学に勝ってほしいね。」
 一つ目の意味は、「明海大学が相手に勝つ」ことを希望しているという意味です。そして、もう一つ、「他大学が明海大学を倒す」ことを希望しているという解釈も成り立ちます。皆さんは二つの意味に気が付いたでしょうか。
 この文の場合、一つ目の意味では、助詞「に」が「勝ってほしい」にかかっており、「に」は願望をかなえる人、チームを表しています。二つ目の意味では、助詞「に」が「勝つ」にかかっており、試合で負かしたい対戦相手を表しています。どちらの意味に解釈するかによって、明海大学のサポーターなのか、明海大学のライバルなのか、大きな違いを生んでしまう文です。もちろん、私は一つ目の意味で使っていますが。

 このように日本語で多義文が生まれてしまうのは、日本語が持っているいくつかの特徴が原因となります。一つには、語順の自由さが挙げられます。英語のように、語順によって動作をする人とその目的語がわかる言語とは異なり、日本語では助詞を使って物事の関係を表します。そのため、「私があなたを打ち負かした。」でも、「あなたを私は打ち負かした。」でも、「打ち負かしたよ、あなたを。わたしがね。」でも同じ意味になるのです。その上、例に挙げた「に」のように同じ助詞が異なるものごとの関係を表します。日本語では、助詞を名詞の後に置くことで、主語や目的語を表したり、何かを行う際の時や対象者や方向性、到達点などを示したりもします。そのため、多義文が生まれやすいのです。

 では、このような場合、どうしたら誤解を避けることができるでしょうか。まず、「打ち上げ会は、木曜日に変更になりました」の場合は、曜日ではなく日にちで伝え、変更前の日にちと一緒に「~から~に」で詳しく話すといいでしょう。また、変更することに決定した日も同時に伝えなければならないときは、文の表現を変えて正確さを出したり、助詞「に」を使わないで時を表せる「今日、昨日、明日」などを使ったりすると誤解が避けられます。たとえば、「打ち上げは8月8日から8月7日に変更になりました。」とか「打ち上げは、8月8日から8月7日に変更することが、昨日決まりました。」などの文で伝えると正確に伝わります。
 また、「今度のサッカーの試合では、絶対明海大学に勝ってほしい。」の場合なら、対戦相手や勝つ大学を明確に示すことで誤解を避けられます。たとえば、「今度の明海大学とA大学のサッカーの試合では、明海大学に絶対勝ってほしい。」、「今度のサッカーの試合では、絶対明海大学がA大学に勝ってほしい。」と言えば誤解は生じません。

 日本語コミュニケーションは曖昧だとか、日本人はいつも表現が曖昧だとか言われることがありますが、それは、語順についての柔軟性や助詞の多様性などの日本語の特性が一つの理由かもしれません。日本語の使い手、話し手が、より明確に話すよう心掛け、省略をしすぎないように注意することで、曖昧さがなくなり、明確さが向上するのではないでしょうか。わかりやすい日本語を話すために、皆さんも自分の話し方について振り返ってみてはいかがでしょうか。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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