ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(24)「先生がいらっしゃるのを父が喜んでいらっしゃいます?」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2015年4月

「先生がいらっしゃるのを父が喜んでいらっしゃいます?」

これまで、世界の言語から見た日本語コミュニケーションの面白いところ、難しいところなどをお話ししてきました。それでは、皆さんが「日本語の特徴は?」と聞かれて、一番に思いつくことは何でしょうか。大学でも、1年生のはじめの授業でこの問いを学生に問いかけることがあります。その時、必ずと言っていいほど学生が挙げるのが敬語です。そして、学生たちは口を揃えて「敬語を使うのは難しい。」「あまり使う機会がない。」などと言います。学生の中には、「バイト先で敬語をよく使うから、先生、おれ、敬語、バッチリっすよ。」と言って、みんなを笑わせてくれる人もいますが、ほとんどの人がもっと上手に敬語を使えるようになりたいと思っているようです。
 では、なぜ難しいと思っている敬語を、みんなは使いこなしたいと思っているのでしょうか。それは、話をしている相手に敬意を表したり、感じのいい話し方をしたり、丁寧な対応だと思ってもらったりしたいからでしょう。このような相手に対して配慮をするために使用することばを待遇表現と言います。敬語は、待遇表現の一部なのです。

 敬語は日本語特有のものと思っている方もいらっしゃるかもしれません。確かに、日本語の敬語のように、相手のことを敬う尊敬表現と自分のことを控えめに述べる謙譲表現が、文法的に整備されてシステムとして存在する言語はそれほど多くありません。
 例えば、日本語の場合、敬語は尊敬語と謙譲語と丁寧語に分かれていて、尊敬を表す「いらっしゃいます」「ご覧になります」などの尊敬動詞や、謙譲を表す「おります」「拝見します」「申します」「参ります」などの謙譲動詞があります。名詞でも、相手の家を指すときは「ご自宅」と言い、自分の家だと「拙宅」とへりくだるように、「家」を表す別々のことばが存在しています。
 「あなた」に当たることばを親しさに合わせてドイツ語では" du" と"Sie" 、フランス語では "tu" と "vous"、中国語では「你」と「您」で使い分けするというような特別な語彙を持っている言語もありますが、このような尊敬や謙譲を表す特別の動詞や名詞を多く持っている言語はあまりありません。

 さらに、日本語では、このようなことばだけではなく、表現方法を変えることで相手に配慮を表すこともできます。友達には「それ貸して!」と言いますが、年上の方には「それ、貸していただけませんか。」と言ったり、非常に気を使う相手だったら「申し訳ないのですが、それを貸していただけると嬉しいのですが、、、。」と丁寧な言い方をすると思います。これらの表現は、敬語だけの使い分けではなく、「~ませんか」「~とうれしい」などの表現も変えており、待遇表現の使い分けをしています。
 日本と比べて誰とでもフランクに話すと言われるアメリカであっても、待遇表現はあります。例えば、座ってほしいという時でも、”Sit down, please.”という指示の表現よりは、 “ Will you sit down?” 、”Won't you sit down?”、”Could you sit down?”のような疑問文や否定疑問文のほうが丁寧になります。さらに、” You'd be more comfortable sitting down.”のような遠回しな言いかたにすると、もっと丁寧になります。どのような言語でも待遇表現はあり、人々はことばを使い分けているのです。
 相手を敬ったり、丁寧に述べたりするための言い方は、どんな言語にでもあり、国や文化が違っても、人間同士の関係では相手に気遣うという気持ちは変わらないわけです。

 しかし、ことばを使い分けるといっても、誰のことについて誰に対してどのように使い分けるのかという基準は言語文化によって違います。その違いが、実は、難しいのです。
 たとえば、韓国から来た学生が苦労するのは、家族についての待遇表現です。日本語コミュニケーションでは、身内の者について述べる時は「父が申しております。」「父が明日参ります。」と謙譲表現を使います。しかし、韓国語では、絶対敬語と言って、相手がどんな人であっても両親のことを述べる時には尊敬語を使って表現するのです。ですから、韓国語と同じような使い方をして、「明日先生がこちらにいらっしゃるのを、父が大変喜んでいらっしゃいます。」と言ったりします。日本人が聞くと、尊敬されているのかされていないのかよくわからない気分になります。
 また、日本の待遇表現は、親しさの度合いである親疎関係や上下関係によって使い分けているだけでなく、ウチ・ソトの関係でも使い分けします。社内では、社長に対して「社長、明日は大阪出張にお出かけになりますか。」「もうA社の記事をご覧になりましたか。」と尊敬表現を使って話すのに、社外の人に話すときは、「社長の田中が、ぜひ話を伺いたい申しております。」「あす、社長の木村参ります。」と、名前は呼び捨てになり、謙譲表現を使って話すようになります。この使い分けは、日本人にとっても難しい使い分けであり、就職活動をするころになると急に勉強し始める学生がいるほどです。外国人にとっては、なおさら難しい使い分けの概念であり、日本特有の使い分けと言えます。
 会社に所属したら、社員はまるで家族のような関係になるという考え方があるのかもしれません。家族以外の人に対して家族のことを話すとき謙譲表現を使うのと同じように、社外の人に対して話すときは、会社のウチの人のことについては謙譲表現を使うのです。同じ仲間なのか、そうではないグループの人なのかということが、日本社会では重要な区別だとわかります。

 まず敬語を知り、相手に合わせた表現方法を使って、上下関係とウチ・ソトの関係をしっかりと理解した上で待遇表現を適切に使い分けできるようになると、日本人も外国人も一人前の社会人と見なしてもらえるのではないでしょうか。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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