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日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2014年1月

「明けまして オメデトウ GOZAIMASU?」

新しい年になり、新たに今年の目標を決めた方も多いのではないでしょうか。私も、今年は所属している大学で今春からグローバルスタディーズ専攻という新しい専攻ができるので、新講座の構想をあれこれ練っているところです。
 お正月と言えば年賀状ですが、皆さんは年賀状を出しましたか。最近はメールで挨拶をする方も増えていますが、やはりはがきでもらう年賀状は楽しみです。ほとんどの方が文面を印刷しています。けれども、短い言葉ですが、自筆で近況などが書かれていて、日頃会えない友達の動向を知ってあれこれ思いをはせる時間がお正月の楽しみでもあります。

 年賀状を出された方も多いと思いますが、その年賀状の文面は、どのような言葉を選びましたか。「あけましておめでとうございます」「A Happy New Year」など、年賀状の文面はさまざまです。そして、その言葉を横書きにしましたか。縦書きにしましたか。
 毎年たくさんの年賀状をいただいていますが、年々縦書きが減っていると感じます。我が家に届いた年賀状を調べてみましたが、縦書きは40%くらいで残りの6割は横書きでした。文面は、意外に「A Happy New Year」などの英文のものは少なく1割程度で、ここ数年減っているような気がします。挨拶のベスト3は「謹賀新年」、「(新年)あけましておめでとうございます」、「謹んで初春(新春)のお慶びを申し上げます」で、それぞれ3割近くを占めていました。やはり、お正月らしい挨拶としては、漢字とひらがなで表現したくなるのでしょうか。その中で、「謹んで初春(新春)のお慶びを申し上げます」は、文言が長いこともあるのだと思いますが、縦書きが圧倒的に多く7割以上が縦書きでした。数少ない毛筆の手書き年賀状もこのタイプでした。毛筆で横書きは書きにくそうですし、縦書きにしてこそ文字から文字への流れるような筆遣いもできると言えるでしょう。
 中には、縦書き・横書きが混在している年賀状もあり、日本語の文字のバラエティの豊富さと書き方の自由さは、年賀状にも表れていると言えます。世界にはさまざまな文字がありますが、日本語のようにひらがな、カタカナ、漢字の3種類の文字を同時に使用し、しかも使い分けている国は珍しいのです。そのため、日本語を習い始めた外国人は、その事実を知ったときに大きなショックを受けます。

 もう20年も前のことですが、「日本語を習う前に3種類の文字を使うとわかっていたら、私は日本語を勉強しようとは思わなかった!」と叫んでいたアメリカ人学生を思い出します。彼女にとっては、文字と言えばアルファベットで、A~Zの26文字ですべてが表せるのが常識だったのです。それが、交換留学で来日して大学の日本語センターで日本語を学び始め、まず「あいうえお」からひらがなを勉強して46文字を2週間で覚え、これですべてを読み書きできると思っていたら、次の週はひらがなとは似て非なるカタカナ登場。ひらがなとカタカナの違いに四苦八苦していたら、1カ月後には、謎の記号にしか見えない漢字が現れる。一体これはどうなっているのだと、先ほどの叫び声になったのです。
 彼女のように、日本語が3種類の文字で書き表されるということを知らないで来日する人は、最近はいなくなりましたが、日本の新聞を読めるようになるには、漢字約2000字が必要だと聞いて落胆する留学生は、今でも少なくありません。

 しかも、日本人はこの3種の文字をうまく使い分けています。「謹賀新年」をひらがなで書く人はいませんし、「おめでとう」をカタカナで書く人もいません。でも、「ハッピー ニュー イヤ―」とカタカナで書くこともできるし、「初春」「はつ春」「はつはる」と文字の違いで雰囲気の違いやニュアンスの違いを出すこともできます。
 元々日本語の表記は中国から来た漢字を使って表していましたが、平安時代に「安」の漢字を崩し書きして「あ」の文字が生まれたようにひらがなが創られ、学問や宗教の分野で漢文調の文章を読むために「阿」の漢字の一部から「ア」の文字が生まれたように漢字の省画からカタカナが創られ、漢字仮名交じり、または、漢字片仮名交じりの文が用いられるようになったのです。

 現在は、和語を中心とした言葉や送り仮名、接続詞・助詞などの品詞についてはひらがな、外来語はカタカナ、抽象語などの漢語は漢字と、表音文字のひらがな・カタカナと表意文字の漢字を使い分けています。これらの使い分けの節度と自由さを日本人は事もなげにこなしているのです。「本当に日本人は全員、3種類の文字が書けるのか。」と真剣に質問してくる留学生がいますが、世界的に見ても識字率の高さと使い分けの巧妙さは誇れるものだと思います。
 実際には、3種の文字だけでなく、ローマ字(アルファベット)も生活用語として重要な働きをしています。一時一世を風靡した「KY」のような造語をはじめ、「AKB」「iPS細胞」などローマ字も読み書きに欠かせない文字の一つです。それを日本国民が何の違和感も持たずに自由自在に使いこなしているというのは、1種類の文字だけで言葉を表している国の人から見れば驚異ではないでしょうか。

 日本の教育レベルの高さの表れとも言えますが、日本人の律義さと柔軟性がこうした多様な文字の使い分けにはよく表れていると思います。お正月にゆっくり年賀状を見ながら、日本語の文字の多様さ、面白さを感じてみるのもよいのではないでしょうか。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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