ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(14)「今日はダメです。」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2014年5月

「今日はダメです。」

前回、人から褒められた時にどのように応えるかが言語コミュニケーションの文化によって異なるというお話をしました。このような話し方の違いというのは、他にもあります。
 例えば、あなたが誰かを食事に誘ったとしましょう。その時に、相手が「あ、ありがとうございます。いいですねえ。でも、あいにく今日は先約が入っていて、、、。すみません。また今度誘ってください。」「ありがとうございます。誘ってもらってうれしいです。でも、今日はちょっと、、、、。」と応えたら、あなたは相手が食事に行くと思いますか。
 ほとんどの方は、相手は断っているとわかると思います。でも、このような言い方では、食事に行くのか行かないのか分からないという人もいます。
 前者の言い方をもう一度良く見てみると、まず「ありがとう」と誘ってもらったお礼を言い、「いいですねえ。」と行きたい気持ちを伝えた後、先約があるという今日の事情を話し、「すみません。」とお詫びをしています。そして、最後に、次回も誘ってほしいと人間関係を修復するための一言を述べています。いろいろなことを伝えていますが、よく見てみると、一言も断りの言葉は言っていません。だから、行くか行かないかがわからないというのです。

 では、あなたが誰かを食事に誘った時、このように言われたらどうでしょうか。「今日は駄目ですね。仕事が忙しくて行けません。」「食事ですか。今日は用事があるので、ちょっと行けません。」
 大学生にこの質問をした時、こんな言い方をされると、ちょっと傷ついてしまうと言っていた人がいました。あなたもそう感じますか。あまりいい気持ちはしないという方も多いと思います。でも、この言い方なら、はっきりと断っているとわかりますし、「仕事が忙しい」「用事がある」という断る理由も明確です。

 どちらも断っているのは同じなのですが、断られた方がどのように受け取るかは微妙に異なるように思います。もしかしたら、親しくない方には前者、友達なら後者の断り方と、断る相手によって使い分けしているかもしれません。
 最初に紹介した言い方は、日本語コミュニケーションでは一般的な断りの言い方で、明確な断りの表現がなくても、行けない事情を述べて「ちょっと、、、」と言い濁すだけで聞いた人は断っているとわかります。けれども、物事をはっきりと述べるコミュニケーション文化では、このような言い方はとてもわかりづらく、敬遠される言い方です。

 コミュニケーションを行う際には、情報を伝えるという内容面と、コミュニケーションを通して人間関係を構築するという関係面の両面があります。ある言語文化では、内容面を重視しているため、正確に分かりやすく情報を伝えることが大切なのですが、日本語コミュニケーションでは関係面を重視する傾向があるため、相手の受け取り方や感情を第一に考えて言い方を考えることが多いのです。だから、断る場合も、明確に断る表現を避け、「仕事が忙しい」などの状況を伝えるだけで相手に行けないことを察してもらうという方法をとるのです。遠まわしに自分の状況を述べて、最終的に結論は述べない渦巻型の論理構成と言われています。
 けれども、中国語コミュニケーションや英語コミュニケーションなどでは、まず断ることを明言することが良いとされており、その後、理由などを述べることもあります。行くか行かないかをはっきり誤解のないように伝えることが、コミュニケーションで一番重要なことだと考えられているのです。まず結論を述べ、その後、その理由などを述べるという直線的談話構成です。
 このようなコミュニケーションの取り方をする人々は、断りを明言しない日本的なコミュニケーションはわかりづらく、「今日はちょっと、、、。」と言われても、「ちょっと何ですか。」と問い返してくることもあります。どうして分かりにくい言い方をするのだろうと不思議に思うこともあるようです。

 最近は、外国人が日本語を学ぶときの初級教科書でも「ちょっと、、、」という表現が会話の中で紹介されていて、「ちょっと、、、」=「だめ!」と教えるようになっています。そして、人間関係を重視する場面では、そういう言い方のほうが日本社会では受け入れられると知って自分が断るときも相手が日本人なら「残念ですが、今日はちょっと、、、。」と言う人も多くなってきました。人間関係を大切にして相手の気持ちを第一に考えるというやり方を理解し、尊重してくれているのです。
 日本人も、世界に出ていく時、外国語を勉強していく方は多いと思いますが、せっかく外国語を使っても、言葉の使い方が日本的であるために伝わらないこともあるのではないでしょうか。
「日本人は外国語が苦手だから。」という声を良く聞きますが、外国語が下手なのではなく、その使い方をあまり理解していなかったり、知らなかったりするのだと言うべきだと考えています。コミュニケーション上手になるためには、相手のコミュニケーションの仕方も理解して尊重し、そのやり方をまねてみるのも一つの方法ではないでしょうか。
 もしあなたの周りの外国人の方が、あなたからの誘いに「今日は駄目です。」と言って断った時も、「嫌な人だ。」とすぐ決めつけてしまうのではなく、「もしかしたら、そういうコミュニケーション文化の人かな?」と考えてみてください。その人が感じがよくないのではなく、その人とはコミュニケーション文化が異なり、表現の仕方が単に違うだけかもしれませんよ。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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