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日本語ひとくちエッセイ

忘れえぬ言の葉(18)
阿部 由美子(東海大学湘南校舎国際教育センター非常勤講師(日本語教育))

2013年3月

「花冷え」

ある言葉を覚えた日の日付までしっかり覚えている言葉というのが、人の一生にいくつあるかしら、と思うとき、この「花冷え」の言葉こそ、まさに私にとってのそれ、と思う。
 この言葉が私のところに来たのは、小学校の卒業式の日。三月下旬の、花曇りというにはちょっと早い日のことで、その日、もう一人の男子児童と卒業式の答辞を読むことになっていた私は、担任の教師と三人で、答辞の冒頭の文句を修正するために、朝の薄暗い教室にいた。あのときの相棒は、いったい誰だったかしら。
 一緒に答辞を読んだ相棒が誰だったかさえ思い出せないのには多分理由があって、つまりは、卒業生代表で答辞なんか読みたくなかったのだ。「また私か」という、担任のえこ贔屓と言うか、お気に入りであることへの嫌悪感がうっすらとあったから。
 六年のときの担任の女教師は、私を含め、何人かの女子児童がお気に入りで、なにかと人気の役目を振り当てた。運動会の鼓笛隊、クラス合唱のピアノ伴奏、といった類のことである。そして、最後に私に回ってきたのが卒業式での「答辞」。もちろん、原稿の下書きも自分でするのである。
 こうした、傍目にはどう見てもえこ贔屓としか言えないものが、よくぞ学校でまかり通っていたものと思うが、後年、英語をよくする長女に、そういうのを英語でTeacher’s Petと言うのだと教えられ、言い得て妙だ、ははんと思った。彼の地にもこういう現象は、当たり前にあるらしい。
 とにもかくにも答辞である。言い出しの文句をその日の空模様に合わせ、若干詩的にするために、担任は「花冷えの」という言葉を使うのはどうかと提案してきた。
 初めて聞くその言葉は、なんとも美しく響き、三寒四温の春めく日を上手く言い表したものだなあ、と思った。校庭には桜の老木もある小学校で、入学式の日、一年生はそこで入学写真を撮るのが慣わしだったから、今から思えば、在学中の六年間を俯瞰するにもちょうどよい言葉だったのかもしれない。
 「花冷えの」の文句は、もちろん、否も応もなく採用され、底冷えのする小学校の体育館で、その部分は私が読んだのではなかったか。卒業式後の校庭では、薄日が差していた記憶もある。
 そうして幾星霜、二年前の三月、あの大地震があって、その同じ年の春に末っ子の次女が高校に入学した。三月の高校の入学説明会は、計画停電という言葉が飛び交う世相の中、しんしんと冷え込む体育館で行われたが、東北の石油も不足する避難所の体育館はどれほど寒かろうと思い、自分で自分を戒めた。
 四月の入学式では、校門に半旗の日の丸が掲げられていて、半旗の入学式とは、とこれまた我が子の入学を祝いたい気持ちが引き締められた。ちょうど関東では、桜の花の咲く頃で、あの「花冷え」の思い出が蘇ってきた。
 ずいぶんあからさまなえこ贔屓だったけれど、「花冷え」の言葉を卒業の手向けとし、何のてらいもなく使えるようにしてくれた人のことを、これからも忘れえぬには違いない。

阿部 由美子(あべ ゆみこ)
東海大学湘南校舎国際教育センター非常勤講師(日本語教育)
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