ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(1)「食事の後に挨拶しますか。」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2013年4月

「食事の後に挨拶しますか。」

日本語は挨拶表現の多い言語と言われますが、特に春は挨拶をする機会も多くなります。
 初めて会った方には「はじめまして。どうぞよろしくお願いします。」と挨拶し、新しい職場や学校では「これからお世話になります。」と挨拶します。私たちは自然にこうした挨拶をすることで、知り合いになるきっかけや親しくなるきっかけをつくるのです。

 ところが、外国人にとっては、こうした挨拶の一つ一つは覚えなければならない言葉であり、だれがだれに、どんな時に使う挨拶なのかを説明されなければわかりません。それに母国語にはない挨拶もありますから、その意味をよく理解できないこともあります。
 たとえば、食事の時の挨拶もその一つです。私たちは自然に「いただきます。」で食事を始め、「ごちそうさま。」で終わりますが、食事の前後に挨拶をしない国や文化も珍しくありません。特に、「ごちそうさまでした。」は、なぜ言うのかわからないという留学生もいます。自分でお金を払って食べた食事に対して誰にお礼をいうのか、自分が料理して作った食事を食べ終わった場合には誰に挨拶をするのかわからないと言うのです。確かに相手がいてこその挨拶ですから、わざわざお礼を言う相手がいないのに「どうして?」と感じるのも無理もありません。
 そんな時、「ごちそうさまでした」は、料理を作ってくれた人や、その材料を生産して提供してくれた人々に感謝を言うだけでなく、食事した肉、魚、野菜など、命あるものを食すことで私たちは新たな命、エネルギーをいただいたのだという気持ちから生あるものに対して感謝をする言葉で、仏教の考え方が背景にあるのだと説明します。すると、それを聞いた留学生は、「先生、深い言葉ですね。」と言って、食後に忘れず「ごちそうさま」というようになり、好きな日本語の一つになったと言っていました。言葉の背景にある日本人の自然や生き物に対する感謝の気持ちを理解してくれたのだと思います。そして、そのような日本人の謙虚な気持ちに敬意を感じたのだと思います。

 他にも、初めて電話をした会社だったのに、相手から、「いつもお世話になっております。」と言われて驚いたという話も聞きます。これも、儀礼的な表現であるだけではなく、会社にとってはすべての人や会社が将来お客様となりえるという考え方が根底にあるから定着した感謝の挨拶ではないでしょうか。
 「よろしくお願いします。」という挨拶も、外国語にはなく、訳すことが難しい挨拶表現の一つです。自分一人で生きているのではなく、職場や学校、寮など、人々の中でいろいろな人に助けられて人は生きていくという日本人の考え方から生まれた挨拶と言えるでしょう。

 さらに、書き言葉、特に手紙では、季節ごとに独特の挨拶表現があります。4月なら「陽春の候」、5月なら「薫風の候」など、季節と挨拶は密接に関係していて、手紙の冒頭に必ず時候の挨拶を入れます。外国人は季節の移り変わりをそれほど意識していない人も多く、四季があり自然とともに生活している日本人ならではのコミュニケーションの表現です。
 話し言葉でも、「いいお天気ですねえ」と天気の挨拶をするのは外国人にとっては妙なコミュニケーションで、「ことさら言わなくてもいい天気とわかるのに」と不思議がる人がいます。それは、コミュニケーションを始めるきっかけとなる挨拶表現で、季節の移ろいを感じて伝えるというだけではなく、「言葉を交わすことで親しくしましょう。」という意思や親愛の情が挨拶の中に含まれているのです。
 情報を伝えることを目的とした会話を「リポートト―ク」と言いますが、コミュニケーションには、親密度を深める「ラポートト―ク」としての目的も含まれています。世界の中では「リポートトーク」を優先するコミュニケーションスタイルも多く、先の例では「ラポートトーク」を重要視する日本的コミュニケーションをその外国人は理解できなかったのでしょう。

 このように、日本語コミュニケーションでは様々な特徴的な挨拶表現がありますが、新しい環境に入るとき、挨拶は非常に重要です。人間関係の基本であり、礼儀だからという以上の意味が挨拶にはあるのです。慣れない職場や入学したばかりの学校でも「おはようございます。」と皆さんに明るく挨拶すれば、「おはよう。」と返してくれ、よく知らない人も「あの学生は感じがいいな。」と思ってくれたり、「元気な社員があの課にいるのね。」と覚えてくれたりします。毎日それを続けていれば、相手から挨拶をしてくれるようになるでしょう。挨拶を交わしている相手とは、仕事や勉強の話もしやすくなりますし、存在感も増すでしょう。新たな一歩を踏み出した方は、さまざまな挨拶表現を意識して使うことで、職場や学校でコミュニケーション上手になれるでしょう。

 最後に、私からも皆さまに心を込めてご挨拶いたします。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。これからお世話になりますが、どうかよろしくお願いいたします。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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