ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(21)「真っ赤な嘘と白い嘘、どっちが罪深い?」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2014年12月

「真っ赤な嘘と白い嘘、どっちが罪深い?」

12月に入り、街にはクリスマスソングが流れ、お店も通りもイルミネーションやクリスマスの飾り付けがされ、今年も年末になったなあと感じます。クリスマスと言えば、何と言ってもモミの木の赤や緑の飾りつけが定番です。このような飾りつけは、私たちを温かい気持ちにさせてくれます。色に対するイメージが、私たちにそう思わせるのかもしれません。
 色は、言葉の中でもさまざまに使われていて、色の種類によって表すイメージが決まっています。例えば、赤には、いくつかのイメージがありますが、「真っ赤な嘘」「赤っ恥」「赤の他人」など「全く、完全な」という意味で使われていることがわかります。けれども、英語では「全く」という意味はなく、“red hot”は「興奮して熱中する」、“see red”は「激怒する」という意味で、赤の色が情熱を表したり、怒りを表したりしています。ただ、赤色が怒りを表すということに関しては、この場合の”red”の意味が分からなくても、怒った時の紅潮した表情から連想できそうですね。ちなみに、英語では”white lie(白い嘘)”という表現があり、相手を傷つけないための小さな嘘のことを言うそうです。真っ赤な嘘のほうが白い嘘より罪深いですね。
 一方、緑は、「緑児」「緑の黒髪」などの言葉で「3歳ぐらいまでの幼児」や「つやのある美しい黒髪」を表しているように、新緑から連想される若さや生命力・成長などの象徴として捉えられています。
 けれども、英語の場合は、”He is green as green. “(彼は全くの青二才だ。)とか”You are still green.”(君はまだ青いね。未熟だね。)、“a green crew on a ship”(新米の船員)のように、緑色は「未熟さ」や「未経験」であることを表していてどちらかというと否定的な意味を持っています。

 これらの英語の表現と日本語訳を比べるとわかるように、英語のgreenは日本語では「青二才」、「まだまだ青い」のように青で表しています。この対比は、英語のgreenの別のイメージについても同様で、”turn green”で「吐き気を催して青ざめた」という意味で使われたり、”He is green with envy.”で「顔色が青くなるほど妬んでいる」という意味に使われたりして、嫉妬や吐き気で青ざめる場合は、英語では、やはり緑色で表現しています。英語の”green leaves”も、日本語では「青葉」と言いますね。このように、日本語の青色のイメージは、英語では緑色が取って代わっていることがわかります。

 では、英語で青色はどんなイメージになるのでしょうか。”go blue in the face” 「(寒さや恐れで)顔が青ざめる」のように日本語と同じ意味で使われる青もありますが、英語で使われる青は、”blue Monday”(憂鬱な月曜日)、”feel blue”(憂鬱である)、”look blue”(気分がふさいでいる)、”go blue”(気が滅入る)などで表されるように「憂鬱な」といった精神的な状況を表す意味でよく使われています。また、”blue films”(ピンク映画)、”blue jokes”(猥談)のようなわいせつなものを表すのに使われたり、”blue ribbon”(最優秀の)、”blue-chip”(一流の、優良株の)のように「優秀な」という意味で使われたりして、日本語のイメージとは大きく異なるイメージも英語では表現されます。
 このように、恐れで青ざめたり、怒りで顔が赤くなるという表現は、実際に顔が青くなったり赤くなったりするので、言語間で大きな違いは生まれないようですが、色が持っているイメージから派生してできた用語や成句の意味は、それぞれの言語文化がもつ色に対する感覚が大きく反映しています。日本語では、「青信号」と言っても実際は緑色をしているように、青色と緑色はイメージが似ていてどちらも若い植物から連想されるような瑞々しさや未熟さ、成長を表しています。けれども、英語では、緑色と青色のイメージは全く異なっていることがわかります。生命力や若さ、未熟さを表す緑色と、憂鬱、優秀、わいせつを表す青色では、共通点を見つけることは難しいと言えます。

 文化による色に対する違いでよく取り上げられるのが、太陽の色です。日本人は太陽を描く時、赤色で描きますが、欧米では黄色で描くと言われます。そのため、英語では、太陽の光は”yellow sunshine”と言います。日本語のイメージだと、太陽は「真っ赤な太陽」であり、決して「真っ黄色の太陽」にはなりません。虹が7色に見える国もあれば、4色や9色に見える国もあるのと同じで、色の見え方も違うのかもしれません。そうなると、当然色に対するイメージが異なるのも納得できます。
 さらに、それぞれの文化の背景にある宗教や思想、出来事などに影響を受けることもあります。例えば、黄色は、キリスト教では、キリストを裏切ったユダの着衣の色というイメージがあり、「臆病」「卑怯」などの好ましくないイメージを持つ色です。そのため、「臆病」なことを”yellow streak”と表現したり、人々の感情を煽るような扇情的ジャーナリズムを”yellow journalism”と表現したりします。日本語では、黄色と言えば、「くちばしが黄色い」という表現があるように「未熟さ」のイメージはありますが、「臆病」というイメージは全くないので、聞いただけでことばの意味を想像するのは、難しいですね。

 日本語を学んでいる外国人の方々にとっても、それは同じで、「君はまだ青いね。」と言われて、「別に私は気持ち悪くないですよ。元気です。」と答えたり、「それは、赤の他人のことだから。」と言われて「情熱的な人のことですか。」などと的外れな応答をしたりするかもしれません。文化差を知るいい機会だと思って、それぞれの色がどんなイメージを持っているのかを聞いてみるのも面白いのではないでしょうか。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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