ホーム > 日本語を楽しむ > 日本語ひとくちエッセイ > 世界から見た日本語コミュニケーション(7)「もふもふしてる物ってなあに?」

日本語ひとくちエッセイ

世界から見た日本語コミュニケーション
荻原 稚佳子

2013年10月

「もふもふしてる物ってなあに?」

毎年文化庁が「国語に関する世論調査」を行っていますが、今年もその結果が9月に発表されました。テレビや新聞でご覧になった方も多いと思います。これは、全国の16歳以上の男女約3500人(有効回答者は約2153人)を対象に行ったもので、その中に、「うるうるとした瞳」、「きんきんに冷えたビール」、「パソコンがさくさく動く」などについて調べたものがありました。「きんきん」「さくさく」「うるうる」などの表現を、皆さんは使ったことがありますか。
 調査結果によると、「うるうる」については85.1%の人が、「きんきん」については76%の人が聞いたことがあり、その内、意味が分からないと答えた人は0.2~0.3%でした。「さくさく」については聞いたことがあると回答した人は38.3%と少なかったのですが、その意味が分からないと回答した人はいませんでした。そして、すべての表現について30代が最も使用する割合が高いとのことです。
 この結果から見る限り、「うるうる」「きんきん」は大半の人に理解され、多く使用されている表現ですが、「さくさく」については、まだ使用している人が一部に限られますが、使用されている範囲内では、かなり一般化した言い方になっているとわかります。

 このような表現は「オノマトペ」と呼ばれ、擬音語・擬態語・擬声語などの音象徴語のことを言います。日本語には多くのオノマトペがあり、特に擬態語が他の言語に比べ発達していると言われています。皆さんも日常的に使用しているのではないでしょうか。「今日は太陽がぎらぎら照りつけて、ちょっと歩いただけで汗がだらだら流れてきたよ。」「あの店のうどんは、もちもち、つるつるしていておいしいね。」「皮がさくさくっとしてるシュークリームが好き」「ぺちゃぺちゃしゃべってないで、てきぱき仕事して、さっさと終わらせて!」と、例を挙げるときりがありません。
 これらの「オノマトペ」は、上述の調査の「さくさく動く」のように新しい語が創り出されたり、新たな意味で使用されたりすることがあります。私は、最近、「もふもふ」という「オノマトペ」が使われていることを初めて知りました。学生に聞いたら、数年前から使っていたというのですが、皆さんはご存知でしたか。「もふもふ」がどのような物のどのような様子を表現しているか想像してみてください。簡単に想像できたでしょうか。
 「もふもふ」というのは、毛布やぬいぐるみなど柔らかくて温かみのある布でできている物に対して使用し、手触りのソフトな弾力や空気を含んだようなふくらみのある感覚を表しているそうです。皆さんの想像と合っていたでしょうか。
 このような「オノマトペ」は、表している感覚や心理状態、様子や様態と、その語の音の間に何かしらの関係があると言われています。例えば、「ころころ」と「ごろごろ」だったら、何が違いますか。「ころころ」は小さく丸い物で滑らかに転がっていく感じがしますが、「ごろごろ」は大きな固いものがあちこちに転がっていったり、たくさんあるように感じます。「さらさら」と「ざらざら」はどうでしょう。「さらさら」しているのは、綺麗でまっすぐ伸びた髪や淀みなく流れるきれいな清流ですが、「ざらざら」しているのは、滑らかではない荒れた手や肌、粒の粗い砂などです。濁点がついて清音から濁音に変わるだけで、「小」から「大」へ、「滑らか」から「粗さ」へと受ける感覚が変化します。
 聴覚などの五感により得られる知覚情報が脳に描く印象のことを、認知科学では「クオリア」と呼んでいます。例えば、「かきくけこ」のK音は硬さ・強さ・緊張感・スピード感・回転・乾き等をイメージしますが、「さしすせそ」のS音は、空気感・爽快感・摩擦のなさ・静けさ・滞りがない様子などをイメージすると言われています。それぞれの音が持つ感覚や音から受けるイメージがあるのです。
 しかも、これらの感覚やイメージが、日本語母語話者なら、大体共通しているのです。これは、日本人が日本語という共通した言語を使い、似たような文化の中で生活してきたから、同じ感覚やイメージを持てるようになったのではないかと考えています。わざわざ多くの言葉を尽くして詳しく説明しなくても、ある音を使って短い言葉で端的に感覚を説明できるという能力を日本人は持っていると言えるでしょう。
 ある音に関する「クオリア」が共通なのは当たり前と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、これは驚くべきことなのです。その証拠に、外国人の方にとっては、共通の「クオリア」を持っていないために、「オノマトペ」は非常に理解が難しく、音を聞いただけで、その感覚や様子が何となくわかるということ自体が理解できません。ましてや、音を聞いただけで、その意味が分かるということは、ほとんどないのです。
 そのため、日本語を学んでいる方は、「オノマトペ」は一つ一つ覚えるしかなく、「オノマトペ」を多く使って話される会話は、理解が非常に難しくなります。「もふもふした物にすりすりしたら、ほっこりしてほんわかした気分になったんだ。」とか、「がんがん飛ばしてきた車が、そこの道できゅーっと曲がったんだけど、あの道はでこぼごだから、ばたんばたんして、がしゃーんと壁につっこんで、ずっど―んと家にぶつかって止まった。車はもうぺっしゃんこだよ。」と言われても、何が何だか分からず、「きちんと言葉で説明して!」と叫びたくなるそうです。
 皆さんは、「オノマトペ」なしでこれを説明できますか。外国人の方に「オノマトペ」を使わないできちんと説明できるようになったら、かなり使える語彙が豊富になり、説明力がつきそうですね。これからグローバル社会でさまざまな外国人と意思疎通していくためには、「オノマトペ」に頼らない話し方も身につける必要があるかもしれません。

荻原 稚佳子
慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。
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