第2回 教師の言葉が学びを変える
―次期学習指導要領が示す 「日本語力=思考力」という新しい専門性―

photo

日本語検定委員会主任研究員
元川越市教育委員会教育長

山浦 秀男

2027年度以降に実施される次期学習指導要領は、教育の本質に踏み込む大きな転換点となる。今回の改訂が目指すのは、単なる内容の増減やICT機器の導入ではない。改訂の中心に据えられるのは、「思考のデザイン」である。子どもがどのように考え、どのように理解を深め、どのように概念を形成していくのか。そのプロセスを教師が的確に捉え、言葉によって構造化し、言葉によって授業を設計することが求められる。
この「授業の言語化」は、教師の専門性の中核である。授業の言語化とは、授業で起きた思考のプロセスを日本語で精密に記述し、再構成する高度な行為であり、単なる授業記録ではない。教師が子どもの思考の変容を言語で捉え、言語で深め、言語で支援するための専門的技法である。そしてその基盤となるのが、日本語力=思考力である。社会人にも、教員にも、教師を目指す学生にも共通して求められるこの力は、次期学習指導要領の中心理念と完全に一致する。

1 授業の言語化とは何か

授業の言語化とは、授業で起きた思考のプロセスを日本語で精密に記述し、再構成することである。具体的には、次の4つを言語化する。

① どの「見方・考え方」を働かせたか

各教科には固有の思考様式がある。社会科なら「多面的・多角的な視点」、理科なら「規則性・因果関係」、国語なら「文脈・構成」、算数なら「数量の関係」などである。授業の言語化では、今日の授業でどの見方・考え方が働いたのかを明確にする。これは、深い学びの核である「見方・考え方の働き」を可視化する行為である。

② どの問いで思考が変容したか

深い学びは「問い」によって起こる。子どもの思考がどの問いで変わったのか、どの問いが概念形成につながったのかを言語化することで、授業の質は飛躍的に高まる。問いは思考を揺さぶり、既有知識を再構成し、新しい理解を生み出す。教師が問いの力を言語化できることは、授業改善の基盤である。

③ どの場面で子どもがつまずいたか

国立教育政策研究所(国研)のエビデンスによれば、学習困難は5〜10%、特異な才能は2〜3%、家庭の蔵書数が少ない層は35〜38%、不登校傾向は10%前後にのぼる。多様な子どもの学びを把握するには、つまずきの場面を言語で捉えるこというとが不可欠である。つまずきの言語化は、個別最適化の根拠となり、学び直しの計画を支える。

④ どの言語活動が概念形成につながったか

深い学びの実現には、文部科学省が示すとおり「言語活動の質」が不可欠である。授業において、どの話し合いが思考を深め、どの説明が理解を促し、どの記述が統合的理解につながったのかを精密に言語化することは、学習過程の可視化であり、授業改善の基盤となる。言語活動は、学習者の思考を外化し、概念形成を可能にする中心的な営みである。
さらに、授業そのものを教師が言語化する営みは、専門性の中核を成す。言語化によって、教師は学習者の思考の動き、概念の生成過程、学びの構造を捉え直し、次期学習指導要領が求める「学びをデザインする教師」へと転換するための理論的・実践的基盤を獲得する。したがって、言語活動の質を見極め、その教育的効果を言語化することは、深い学びを支える授業づくりに不可欠である。


2 日本語力=思考力が教育の質を決める

日本語検定委員会が示す日本語力の構成要素は、次期要領が求める教師像と完全に一致する。

・
論理力:筋道を立てて考える力
・
構成力:考えを整理し、順序立てて表現する力
・
説明力:他者に伝わるように言語化する力
・
記述力:思考の過程を言葉で表す力

授業の言語化は、これらを総合的に使う高度な言語活動である。教師が授業を言語化できるということは、子どもの思考を言語で捉え、言語で深め、言語で支援できるということである。これは、単なる「話し方の上手さ」ではなく、思考を言語で構造化する専門性である。
さらに、日本語力は子どもの学びにも直結する。言語化は、思考の整理=論理力の育成、概念形成=抽象化の育成、対話の質向上=協働的学びの育成、学習ログの精度向上=個別最適化の基盤となる。つまり、授業の言語化は、日本語力を通して思考力を育てる教育の中心技法なのだ。


3 調整授業時数制度と日本語力

次期学習指導要領の目玉である「調整授業時数制度」(最大15%の余白)は、学校が授業時数を柔軟に増減できる制度である。しかし、読売新聞が指摘したように、制度は「何のために時数を増減するのか」を言語で説明できなければ運用できない。
授業の言語化は、

・
時数増減の根拠
・
個別最適化の根拠
・
協働的学びの根拠
・
探究の必要性の根拠

を示すためのエビデンスとなる。
つまり、調整授業時数制度は、日本語力がなければ成立しない制度である。教師の言語化能力は、教育課程の柔軟化を支える「制度運用の専門性」でもある。


4 社会人・教員・学生に共通して求められる力

次期学習指導要領は、社会人・教員・教師志望学生に共通して「言語化できる力」を求める。

(1) 社会人

・
課題の言語化
・
合意形成のための対話力
・
論理的説明力

(2) 現職教員

・
授業の言語化
・
子どもの思考の把握
・
単元の問いの構成
・
学習ログの分析
・
校内研修での説明責任

(3) 教師を目指す学生

・
発問構成力
・
言語活動のデザイン
・
思考の記述力
・
授業の構造化
・
対話のファシリテーション

次期学習指導要領は、教師を「教える人」から「学びをデザインする専門職」へと位置づける。その専門性の根幹にあるのが、日本語力=思考力である。


5 日本語力が教師を変える

教師の言葉は、子どもの学びを方向づけるだけではない。教師の言葉は、教育の未来をつくる力を持つ。問いの一言が思考を揺さぶり、説明の一言が理解を深め、対話の一言が協働的学びを生み出す。教師の言葉は、子どもの思考の道筋をつくり、概念形成の足場を築き、学びの質そのものを決定する。言葉は、学びの「道具」ではなく、学びを形づくる「構造」である。
次期学習指導要領が示す新しい教師像は、まさにこの言葉の力を専門性として扱う。 それは、「言葉で学びをデザインする教師」である。
教師の言葉が、子どもの学びを変える。 その言葉の力こそが、日本語力であり、思考力であり、次期学習指導要領が求める新しい教育の姿である。
授業の言語化は、教育の質を決定する基盤である。授業の言語化とは、授業で起きた思考のプロセスを日本語で精密に捉え、構造化し、再構成する高度な専門行為である。これは、従来の「授業記録」や「指導案(活動案)作成」とは次元の異なる専門性であり、次期学習指導要領が求める教師像の中心に位置づけられる。
日本語力は、教師の専門性の中心である。 それは、子どもの思考力を育てる力であり、単元の問いを構成する力であり、協働的学びを支える対話の力であり、教育課程の柔軟化を支える制度運用の力でもある。つまり、日本語力は「授業づくり」「学級づくり」「学校づくり」のすべてを支える、教師の新しい基幹能力である。
次期学習指導要領は、教師に新しい専門性を求めている。それは、言葉で授業を設計し、言葉で学びを動かし、言葉で思考を深める力である。ここでいう「言葉」とは、単なる説明や指示ではない。授業の構造、問いの設計、概念形成の道筋、協働的学びの流れ、個別最適化の根拠を言語で示す力である。
教師の言葉が、子どもの学びを変える。 その言葉の力こそが、日本語力であり、思考力であり、次期学習指導要領が求める新しい教育の姿である。

山浦秀男(やまうら ひでお)

日本語検定委員会主任研究員、元川越市教育委員会教育長

東京理科大学理学部化学科卒業後、埼玉県にて公立小・中学校教諭、埼玉県教育局主任管理主事・主任指導主事、公立中学校長、特別支援学校長、埼玉県立総合教育センター副所長、埼玉県教育局文教政策室副室長、川越市教育長を歴任。
長年にわたり、生徒指導の視点を取り入れた教科指導の体系化に携わり、文部科学省『中学校理科指導資料』作成委員として理科教育の改善に寄与。
東京書籍中学校理科化学編集委員として30年以上にわたり教科書編集に従事し、観察・実験の技能育成を重視した理科教育の普及に貢献。
現在、大学の非常勤講師として、教師を志す学生の育成に尽力。