日本語力が支える「伝えたい、届けたい」想い

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株式会社英智舎

代表取締役社長

上村 雅代

 書いて生きる。これは私がプロフィールサイトに載せているキャッチフレーズです。

 私のライター人生にとって、日本語検定は切り離すことのできない大切なものです。2012年に連載した日本語検定の鼎談記事「今、日本人にとって日本語とは」の作成をきっかけに、検定に関連する取材ライティングや「日本語大賞」の選考委員として、長らくお世話になっています。

 鼎談の当時はソーシャルネットワークへの依存が問題視されはじめたころで、記事では「テレビで見聞きする言葉をそのままモデルにしてしまうために、美しい日本語に触れる機会がなく残念だ」と語られています。

 それから10年。若者のテレビ離れが進み、流行語の発生源がネット動画へとシフトしました。

 その間、実にたくさんの言葉が生まれては消えていきました。ライターとして書籍や記事の執筆をしていると、必然的にそうした日本語が持つ大きな波のようなものを感じます。ここしばらくビジネス書や実用書の1冊あたりのページ量は、減少の傾向にあります。かつて12万字ほどあった文字量も、今は6万字程度に収めるのが主流になりました。改行の頻度も高くなり、なかにはほとんど読点ごとに改行しているような本もあります。

 そんな、長い文章が敬遠されるようになって久しい2021年の末、私は出版社「英智舎」を立ち上げました。私が出版事業をはじめたいと考えたのには二つの理由があります。

 一つには、本当によい本を妥協なく作りたいから。人生は一度きりですが、読書なら、いろいろな人生を追体験できます。老若男女問わず、フィクション・ノンフィクションの垣根もなく、無限に読書体験を膨らますことができます。その体験が、読者の人生で起こる出来事に、ひらめきや第三の選択肢をもたらすのです。弊社の本をきっかけに「人生が変わった」と言ってもらえるよう、努力していきたいです。

 理由の二つ目は、縁ある方に「著者として生きる」体験をプレゼントしたいからです。人生には「著者になる人生」と「ならない人生」の二つがあります。著者になることで、あなたの「想い」を書籍のかたちで世の中に届けることができます。

 これまでの取材を通じて分かったことがあります。それは、すべての人に、自分の「想い」を伝えたい・届けたいという情熱があることです。これは、たくさんの人がソーシャルメディアに日々の体験や想いを綴り、「いいね!」を求めることからも見て取れます。

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 弊社の新刊に『ほメガネの村』(文:原邦雄 絵:まるもち)という児童書があります。著者の原さんこそ、伝えたい・届けたいという「想い」をとても強く持った人物です。教育メソッド「ほめ育」の開発者で、「ほめ育」は世界18カ国、のべ100万人に広がっています。その原さんが繰り返し伝えているのが、本著のテーマでもある「人は、ほめられるために生まれてきた」というメッセージなのです。

 『ほメガネの村』は小学生から一人で読める、ふりがな付きの児童書のため、難解な言葉は出てきません。全部で44ページしかなく、うち半分はイラストページですから、文字量はごく限られています。編集にあたり、言葉をどう取捨選択すれば著者が届けたいメッセージが読者に届くだろうかと試行錯誤しました。

 誰もが伝えたい・届けたいという「想い」を心のうちに秘めているといいましたが、「表現したい」という情熱の、その先にあるのは「精度」です。ボールが投げられるようになったら、次はより高く、より遠くを求めますよね。同様に、文字で表現が「できる」の次は「よりよく表現できる」です。

 つまり、自分の伝えたいことをより確かに相手に届けるには、技術の習得が必要なのです。すなわち、日本語能力のブラッシュアップが欠かせません。

 冒頭の鼎談の中で審議委員の川村二郎氏が、亡くなる10カ月ほど前の三島由紀夫に会い、聞いた話をシェアされています。

 「個性は誰かの真似をして磨き抜いた末に出てくるもの。(当時「フィーリング」という言葉が流行っていたことに対して、)フィーリングで自分の個性を、なんてふざけるな。生まれつき個性を持っている人なんてあり得ないんだ」。

 日本語の「個性」もまた、しっかりした土台があってこそ成り立つものです。みなさんもぜひ、日本語検定でご自身の日本語力に対する「現在地」を確認されてみると良いと思います。そして、スマホもいいですが、ときには紙の書籍も開いてみてください。作家、編集者、校正者たちが手塩にかけたプロの文章が、あなたを待っています。

上村 雅代(かみむら まさよ)

株式会社英智舎 代表取締役社長

1980年8月7日生まれ。玩具メーカー勤務ののち、夫のタイ・バンコク駐在を機に退社。帰国後の2009年より芥川賞作家、荻野アンナ氏の助手として働きながら文章の研鑽を積む。日本語検定委員会「日本語大賞」審査員。二児の母。2019年、〜体験を売る出版社〜英智舎設立。