令和元年(2019年)秋号 ごけんインタビュー

「読解力」と日本語検定 石黒 圭

 学習指導要領の改訂により、英語が小学校でも教科化された。一方で、思考するための言語である日本語の重要性が見直されている。同時に、子どもたちの「読解力不足」も指摘されている。そういった時代に、「日本語検定」が果たすべき役割とは何か。日本語学者の石黒圭氏に話を聞いた。

「読解力」とはどのような力なのでしょうか。

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 読解には二つの方法があることが知られています。一つは、語彙という要素を文法によって一つ一つ組み合わせ、意味を組み上げていくボトムアップのプロセス。もう一つは、「だいたいこういうことが書かれていそうだな」と、文章に書かれている話題から内容を予測して読むトップダウンのプロセス。私たちは読解の過程で、ボトムアップ能力とトップダウン能力の双方を働かせています。そのため、「読解力」には、ボトムアップ能力を支える豊かな語彙、トップダウン能力を支える広範な知識、そして両者をつなぐ運用能力が必要であり、「読解力」が高い人はこの三つを備えています。

読解力を身につけるのに、日本語検定はどのように役立ちますか。

 日本語検定は、いわゆる国語力を問う試験で、ボトムアップ能力の基礎となる漢字、語彙、文法、敬語などの日本語の表現の規範的運用を重視しています。つまり、母語である日本語を正確に使えることが、現代人の知的活動の基盤になるという考えに基づいて作られた、ボトムアップ能力を重視した試験です。日本語検定は、「精読」をベースとする、表現を重視した丁寧な作りが魅力ですから、基本の形は変えずにこのまま続けてほしいですね。
 一方で、現行の日本語検定では測りきれない能力を問う、別の要素も必要だと考えます。スピード感のある情報処理が要求されるビジネス社会の要請に応え、トップダウン能力を重視した「速読」が要求される試験も必要でしょう。さらに、今後はAI に負けないための「批判的思考力」を鍛えることも、大学などの研究機関では重要で、そのためには、読解力だけでなく、思考力や表現力の測定も必要です。難しい文章を深く読んで、批判的に考え抜いて、それを論理的に表現する、ハイレベルな試験の創設も求められるでしょう。

これからの社会で、日本語検定はどのような役割を果たしていけばよいでしょうか。

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 日本語検定は検定試験ですから、到達度を測る評価として利用されます。つまり、合格・不合格という結果に目が行きがちです。しかし、試験の結果が単なる評価に終わらず、受検者が自分の強みと弱みを知ることによって、次こそは弱点を克服して必ず受かるぞという学習のモチベーションを高める役割を果たしてほしいと願います。
 さらに、日本語は時代とともに変わります。「今どのように日本語が使われているか」という実態を踏まえ、「現代社会に必要な日本語力とは何か」という理念をより明確にすることで、幅広い層に求められる日本語検定になっていくのではないでしょうか。こうした問題は、日本語を使う場面やツールが多様化している今だからこそ、私自身も常に考え続けなければならない問題だと感じています。
 日本語力を磨けば、高度な言語運用能力を備えた知的な社会人に育ちます。知性豊かな社会人を育てていくことも日本語検定の大切な使命だと思います。

石黒 圭(いしぐろ けい)

日本語学者

1969年(昭和44年)大阪府生まれ。早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了。博士(文学)。国立国語研究所 日本語教育研究領域 領域代表・教授、一橋大学大学院言語社会研究科 連携教授。専門は読解教育・作文教育。
2019年四月より、日本語検定委員会審議委員。著書多数。近著に、『豊かな語彙力を鍛える』(ココ出版)、『大人のための言い換え力』(NHK出版新書)などがある。