令和2年(2020年)秋号 ごけんインタビュー

「コミュニケーションの礎」と日本語検定 佐々木 文彦

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、コミュニケーションのありようは一変した。メールやSNS、リモート会議などのオンラインを介した対話が日常化するなかで重要視されるのが、コミュニケーションを円滑に進めるための「日本語力」である。変革期における「日本語検定」の使命とは何か――。日本語検定委員会の審議委員であり、いち早くオンライン授業を始めた明海大学の外国語学部日本語学科教授でもある、佐々木文彦先生にリモートインタビューで話を伺った。

なぜオンラインでのコミュニケーションに日本語力が問われるのでしょう。

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 メールやSNSを使いこなしてきた学生にとって、授業そのものへの抵抗はないようですが、対話という部分では学生によって日本語力に差があるように感じます。どういう場面で、誰に対して発信するのかをきちんと理解している人と、言葉の使い分けが上手くできていない人がいます。仲間うちのメールやチャットなら簡略化した言葉や絵文字で意思疎通できますが、オフィシャルな場ではその場に適した簡潔な日本語が求められます。
 また、受け手として応える場合も同様です。表面的ではなく相手の意図を汲み取ったうえで明確に応えること。特に、質疑応答は、議論を深めたり、物事をよりよい方向に導いたりするための重要なコミュニケーションの手段ですが、相手の立場に立った言葉選びの積み重ねがなければ成立しません。対面とは異なり、相手の表情や仕草、間合いで推し量れない分、それらを補う日本語力が必要になるわけです。

日本語検定で対話力を磨くことはできますか。

 日本語検定がだいじにしている「語彙」「言葉の意味」「敬語」は、コミュニケーションにおいても重要な日本語力の基盤となるものです。例えば、ほぼ同じ意味を持つ言葉「了解/承知」も、学生同士のグループワークの場なら「了解です」、教員に提出するメールなら「承知いたしました」。どちらを使っても意味は通じますが、場面ごとによりふさわしい言葉遣いがあります。「語彙」や「言葉の意味」を身につければ、言葉の領域が広がりますから、TPO に合わせた的確な言葉の選択ができるようになるでしょう。
 また、オフィシャルな場面で欠かせない敬語は、使い方が適切かどうかということばかりに目を向けがちですが、それよりもだいじなのは、「相手の立場を尊重して書く、話す」ことです。日本語検定ではそうした敬語の重要性も説いています。

これからの社会において、日本語検定が担うべき役割は何でしょうか。

 オンラインによる作業に切り替えを余儀なくされた結果、文字情報によるコミュニケーションが格段に増えました。ところが、文字情報だけで正確に伝えることは非常に難しい。書いた本人はわかってもらえるつもりでも、読んだ相手は理解できない、疑問がわく、誤解を生じるといったことが多々あります。さらに、日本語が母語でない学生はそもそも言葉の障壁があり、曖昧な言葉を使えば、理解できず不安になってしまいます。伝える側の教員にも基礎となる日本語力が問われています。これは、大学に限らず、企業や社会全体でもいえることです。日本語力の重要性を啓蒙し続けていくことが、今後も日本語検定の果たすべき最も大切な役割だと考えます。
 もちろん、日本語検定に合格したからといって、それだけで日本語力が十分かといえば必ずしもそうではありません。けれども、認定されるためにクリアすべき6つの領域(敬語、文法、語彙、言葉の意味、表記、漢字)を習得すれば相当の力が身につきますし、級が上がるごとに日本語力も磨かれます。対面であれ、メールであれ、身につけた日本語を使い続ければ、コミュニケーションの質もレベルアップするはずです。

佐々木 文彦(ささき ふみひこ)

明海大学外国語学部日本語学科 教授

1958年秋田県秋田市生まれ。秋田県立秋田高等学校卒業。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。明海大学外国語学部日本語学科教授。専門分野は日本語学。語彙論、語の意味・用法の変化を中心に研究。2018年3月より、日本語検定委員会審議委員。著書に『暮らしの言葉 擬音・擬態語辞典』、『暮らしの言葉 新語源辞典』(以上、講談社)、『日本語再入門 知識編』(日栄社)など。『広辞苑 第七版』(岩波書店)の項目選定と執筆(国語項目)に携わる。