令和3年(2021年)春号 ごけんメッセージ

「自分の言葉を持つ」ために 吉元 由美

 2020年4月、作詞家・エッセイストとして幅広く活動されている吉元由美先生に、日本語検定委員会の理事にご就任いただくことになりました。そこで今号では、音楽大学での授業や主宰する作文講座での気づきを例に、「自分の言葉を紡ぐ」ことのすばらしさ、大切さについて考えさせられる、珠玉のエッセイをご寄稿いただきました。

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 音楽大学で『作詞基礎研究』という授業を担当して2年になります。また主宰している言葉のクラスもあり、歌詞や散文を書くことから、「教える」ことも多くなりました。「言葉」の何を、どう伝えていくか。単に作詞の方法や文章の書き方を伝えるだけでは、言葉の「芯」「真」に届きません。表現することの醍醐味、感動を味わいながら、「自分の言葉」を紡いでいくことを目指します。
 歌は時代のムードを表します。唱歌、童謡に始まる歌謡の流れは、人の心をのせた言葉の変遷ともいえます。その時代の人々が何をどう見て、どんなふうに感じたか。そのような視点で学生たちの歌詞を見てみると、混沌とした渦の中でもがいているようなイメージが多いことに気づきます。それは、10代から自立していく大人になりかけている年代の特徴もあるでしょう。また、コロナ禍で活動が大幅に制限されているストレスも反映しているかもしれません。稚拙であってもそのような時代に生きる若者たちの心から吹き出してきた言葉を、大人が無下にジャッジするようなことはしたくないのです。
 では、歌詞を通して成長していくためにはどうしたらいいのか。それは、思考を広げ、想像力を広げ、物事を深掘りする力と構築していく力をつけることです。たとえば、「淋しい」という気持ちを表現するとき、「淋しい」という言葉を用いずに「淋しい」を表してみる。「淋しい」とはどんな感じなのか、イメージし、感じてみる。「海の底にうずくまっている感じ」「井戸に落ちてしまった感じ」など、別の表現を考える。そのイメージの広がり、展開は、読み手の想像力を刺激します。「どんな感じ?」「どんなふうに?」。目に見えない感覚に言葉を与えていく作業が、「自分の言葉を紡ぐ」ことにつながります。その与えた言葉こそが、世界でたった一つの自分の表現になるのです。
 最近、多くの歌詞や作文などの作品を通して思うのは、エピソードを描くことの重要性です。論ずるだけでなく、エピソード、情景を描くことによって、歌詞、文章が立体的になります。エピソードを描く力が文章力を高めます。体験したことをどのように人生の物語として捉え、解釈し、自分の中に落とし込んでいくか。結論が読んだ人の心に響くのではなく、結論に至るまでのプロセスに心は響くものです。
 かつて経験したことのないことが起こっているこの時代に、どんな歌が生まれ、詩が生まれるのでしょうか。あたりまえだと思っていたことがあたりまえでなくなった。私たちをハッとさせる言葉は、あたりまえのことの中にあるのかもしれません。
 「それでも世界は回り続ける 灯りを失ったわけじゃない」
 たとえば、私のクラスの学生が書いたこのフレーズに、私は光を見出します。言葉は自分の外側にあるのではなく、自分の内側にある。その眠っている「自分の言葉」を目覚めさせるのは、この世界を見つめる私たちのまなざしであり、「表現したい!」という情熱なのです。

吉元 由美(よしもと ゆみ)

作詞家 作家
洗足学園音楽大学客員教授
淑徳大学人文学部表現学科客員教授
日本語検定委員会理事

 東京生まれ。広告代理店勤務の後、1984年作詞家デビュー。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、安倍なつみ、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。東宝ミュージカル『RENT』の全訳詞を担当。エッセイストとしても幅広く活動し、著書に『ひとり、思いきり泣ける言葉』(三笠書房)、『こころ歳時記』(ディスカバー21)、『「自分の言葉」をもつ人になる』(サンマーク出版)、 『自分という物語を生きる』(水王舎)など著書多数。

吉元由美オフィシャルホームページ
http://www.yoshimotoyumi.com