令和5年(2023年)秋号 ごけんメッセージ

「ことばの力」を大切に 船口 明

 「『生きた言葉』というのは相手とのやり取りの中で瞬間に発せられるもの。」
 そう語るのは、大学受験予備校・代々木ゼミナールにて、受験生一人ひとりと向き合い、国語科の受験指導の最前線に立ってこられた、船口明先生。
 今号では、学生時代から身につけておきたい「社会で生きることばの力」について、ご寄稿いただきました。

photo

 「ことば」ってすごいと思いませんか。普段何気なく使っているものだけれど、ことばひとつで相手を喜ばせたり元気を与えたりできる。でもその反面、誰かを傷つけたり悲しませたりすることもある。「魔法の言葉」という表現があるけれど、まさに「ことばは魔法」だと思うんです。ギフトになったり凶器になったり。でも多くの人はそんなすごいものを何気なく使っている。「もったいないな」とも思うし、「無防備だな」とも思います。だから生徒には「もう少し『自分のことば』を意識してみよう」と言っています。

 ことばの力には、「きちんと伝える→上手に伝える→心を動かす」という段階があると思います。自分が思っていることを、きちんと言葉で伝えられない人は多い。たとえば〈句読点〉。「田中君と部長が、昨日行った店に行った」と「田中君と、部長が昨日行った店に行った」という文では「、」ひとつで全く意味が変わってしまう。日本語検定で出題されているような問題ですね。こんな単純な文ですらそうですから、もっと長い文になるとこのような問題が顕著に起こる。言いたいことが間違って伝わってしまうわけです。ビジネスシーンでのメールのトラブル等、最近よく聞く文章力の問題ですね。メールでやり取りすることが多い時代、文章を作る能力はとても重要。友達とLINEでやり取りするのとは訳が違う。日本語の文章力がままならなければ、当然英語力もついてはいかないでしょう。僕は『表現力で差をつける! 高校生からの日本語特講』という日本語検定を題材に日本語力をアップさせる映像授業を担当したのですが、それは日常生活における文章力の重要性を、日頃から実感していたからなんです。学生時代に基本的な文章技術を身につけて、考えを「きちんと伝えられる力」はつけておきたいですね。

photo

 次に「上手に伝える」。意味がきちんと伝わっても、なんだかしっくりこない文は多い。たとえばいろんなところから僕に来る原稿の依頼文の中には、言葉遣いは丁寧なのに「なんだか偉そうだなぁ」と感じてしまうものがあります。「僕の感覚がおかしいのかな??」と他の人に先入観なしに見てもらっても、「普通の文ですよね。ちょっと偉そうですけど」と感想を言う。やっぱり「きちんとしている」けれど「偉そうに感じてしまう文」なんです。ところがその文章を書いた当人に会うと、腰の低いとても感じが良い青年だったりする。結局、伝えたいニュアンスをうまく伝えられないんですね。これも大事な文章力です。それで人間関係がこじれたりするわけですから、「正しく内容が伝わっているからいいじゃないか」と開き直るわけにもいかない。こういう、日常使う文章表現について最初に教えてくれるのは学校です。先生が顔を突き合わせて教えてくれる学生時代に、できれば「上手に伝えられる」ところまで学んでおきたいですね。


 「言葉を選ぶ」とよく言いますが、僕にとって「生きた言葉」というのは相手とのやり取りの中で瞬間に発せられるもの。アドリブのボケに対してとっさに返される絶妙なツッコミのように、ことばは生き物だと思うんです。だから選んでなんていられない。そう感じています。もちろん書き言葉には十分な推敲の時間があるでしょうが、僕はそう感じている。参考書もそういう「生きた言葉」で書いているつもりです。
 言葉は内側からあふれ出てくるものだと思うんです。中がからっぽでは何もあふれてこない。生きたことばは「しぼりだす」んじゃなくて「あふれ出る」もの。抑えようにも抑えられない。そんなことばは聞いていて楽しいし、自分もそんなことばを紡ぎたいなと思っています。
 「心を動かすことば」って、そういうものなのではないでしょうか。だから自分の中を、誰かの心を動かすことばで満たしておきたい。相手を楽しくしたり嬉しくしたりすることばが次から次へとたくさんあふれてくるように。そんな人って、とっても素敵ですよね。相手を笑顔にすることばをたくさん持っている人は、幸福だと思うんです。だって、その人自身の心の中が、そういうあたたかいことばで満たされているっていうことですから。だからまずは、自分自身がそういう素敵なことばで満たされてほしい、いろんなことばと出会ってほしいなと思います

 インスタグラムなんかを見ていると、いろんな人が素敵なことばを紹介していますよね。でも、僕は「何か足りない」と感じてしまう。同じ楽譜でも誰が演奏するのかによって全く感動が違うように、同じ言葉も誰がいうのかによって響き方が全然違う。やっぱり最後は「人」なんでしょう。自分という人間を育てていきたい。欠点をなおすのではなくて、チャームポイントになるように磨きたい。そのためにも、素敵なことばとの出会いは、大切だと思います。
 ChatGPTが何かと話題ですが、こんなに素敵なことばの力を、機械だけに任せてしまうのはもったいないな、そう僕は思います。

船口 明(ふなぐち あきら)

代々木ゼミナール講師
代ゼミ教育総研主幹研究員

独自の問題の掘り下げ方と、丁寧でわかりやすい解説で受験生に絶大な人気を誇るカリスマ講師。『きめる! 共通テスト現代文』『船口のゼロから読み解く最強の現代文』(以上、Gakken)、『現代文〈読〉と〈解〉のストラテジー』(代々木ライブラリー)などのベストセラー著書がある。講義では《文章を読むときのアタマの働き方》を伝えることを目指している。また代ゼミ教育総研では、さまざまな角度から《読解力》《作文力》の育成法や教材の研究・開発にも取り組んでいる。大阪生まれの大阪育ち。必然的にベタベタの阪神ファン。今年は十八年ぶりの「A.R.E」に向けて、心躍る日々を送っている。