移ろいゆく国語の常識

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灘中学校・灘高等学校

国語科教諭

井上 志音

 この度、時事通信社より『親に知ってもらいたい 国語の新常識』を上梓しました。私はいま学校が直面している国語の諸課題を広く取り上げ、家庭や地域をふくめ、学校を取り巻く全てのステークホルダーにお伝えしたいと常々願ってきました。教員の視点からみる国語の常識と、保護者の視点からみる国語の常識とが乖離している現状に対して、解決はできなくともせめて共有したい。それが書籍刊行の経緯です。

 いま学校現場は未曽有の教育改革の真っ只中にあります。「主体的・対話的で深い学び」を実現すべく立ち上がった「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」による三観点評価、カリキュラム・マネジメント、社会に開かれた教育課程、アクティブラーニングの視点からの授業改善。高すぎる理想を目指した教育改革は、ややもすれば行政に忠実であろうとする学校現場を混乱させ、実像なき理念・目標のもとで教育活動が突き進んでいるような現状を生んでいます。子育て世代にとって、いまほど学校教育の向かう方向性が見えづらい時代はないのではないでしょうか。ただ現場は現場で、自分たちが教育改革に追いつけているか否かを確認する間もないというのが実情なのです。それほど昨今の教育情勢は目まぐるしく変動していると言えます。

 変動という意味においては、国語もまた例外ではありません。国語の常識もまた移ろいゆくものです。教科書に掲載されている教材について、その論理構造から内容や展開を読み解き、書かれた情報を適切に要約できればよしとされてきた時代は過ぎ去りつつあります。正確にはそれだけでは不十分であるという表現の方が適切かもしれません。ペーパーテストで測れる旧来の学力を前提としつつ、「実社会で何ができるようになるのか」が問われるようになったのです。たとえば、教材に書かれた知識をまったく別の知識と組み合わせて新しい知を創造する力、取り上げられた情報を吟味して評価する力、書き手の主張をクリティカルに捉え直して表現する力。こうした力は旧来的な○×のペーパーテストでは測れない極めて高次のものと言えますが、このような実社会で生きて働く言語能力を学校教育でも伸ばしていこうとしているのです。確かにこれらの力は従来でも個別的な授業や、生徒個人の中での学びという面では実現されてきました。ただそれは個の力に依る部分が大きい面もありました。いまは国家レベルで教科・科目での学びを学校だけにとどめず、実社会にも転移させていけるような教育の実現を推進しようとしているのです。そして最終的に学校教育を終えてもなお自分の力で生涯にわたって言語能力を磨き続けられるような、自律的な言語の学習者を育んでいこうとしています。中学・高校ではこれが目下の目標となっています。

 ここまで書くとお分かりかと思いますが、この壮大な目標はもはや国語科という単一教科だけで解決できる次元をこえています。私が研究している国際バカロレア教育には「全ての教員は言語の教員である」という基本的な考え方がありますが、この言葉の通り、いまや日本も言語の力を国語の時間だけで育むのではなく、言語を基盤にした基本的な学び方を全教科でコミットしていかなければならない時期に差し掛かっています。国語科は言語教育のすべてを請け負う教科ではなく、いわば言語活動のプラットフォームとしての役割を担っていくことになるでしょう。

 家庭教育と学校教育とを切り分けるような二分法的な思考もまた、もはや立ち行きません。家庭教育/学校教育を、日本語教育/国語科教育に差し換えても同じことです。相互が補完的に支え合うような教育のあり方がいま求められています。日本語検定はまさに家庭教育と学校教育、あるいは日本語教育と国語科教育とを架橋する役割を担っています。私は以前、大学で「日本語検定対策」という授業を受け持ったことがありますが、その指導経験は、現在の灘中高でのライティングの指導にも活きています。『国語の新常識』では国語に関する諸課題をQ&Aの形式で並べましたが、なかでも「書くことへの苦手意識」「語彙量が少ない」といった課題は、解決する鍵を日本語検定も担っているのではないでしょうか。この記事をお読みの方も、ぜひ国語科教育だけでは手の届かない部分を補うものとして、日本語検定をご活用いただければと存じます。


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購入先
時事通信出版局
親に知ってもらいたい 国語の新常識 単行本

井上 志音(いのうえ しおん)

灘中学校・灘高等学校 国語科教諭

1979年 奈良市生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科 博士後期課程 単位取得退学。文学修士(学校教育学)。2013年より現職。灘中高での本務のほか、学外においても「国語科教育法(大阪大学・神戸大学)」「IB教育の理論と実践(立命館大学大学院)」を兼任している。専門は国際バカロレア(IB)教育をふまえた教科教育学。高校国語教科書(東京書籍)の編集委員に加えて、NHK高校講座「現代の国語」(Eテレ)・「論理国語」(ラジオ第2)では監修・講師も務めている。