学生諸君よ、語彙力で活路を拓け
日本語検定公認講師
香山 幸哉
日本語検定公認講師として活動する傍ら、私立大学の経済学部にてレポートの書き方を指導する「論作文」の講義を行っています。先月まで、こうした活動の一端をまとめたエッセイ、「出典は漢籍でございますが」を検定HPにて連載していました。
連載では、故事成語を世に広めようという意気ごみの元、「論作文」の講義で発生したエピソードに、本質が共通する故事成語の題をつける形を踏襲しました。幸い、題材の調達に苦労することはありませんでした。なにせ、もう粗方のことは経験した。『平家物語』に言う「見るべきほどのことは見つ」の心境だ、と講義に臨んでも、毎年あっと驚く珍事に見舞われるのです。人間の無限の可能性と申せましょう。
一方、人類が無限に失策・愚行を重ねる以上、二千年も前に誕生した故事成語がそれらを網羅することは不可能です。正義のために千円自腹を切るか否か、決断を迫られた学生の話を掲載するには、「人は所詮わが身が一番」の意となる故事成語を題に掲げねばなりませんが、浅学の悲しさ、見つかりません(ありそうなものですが)。
お蔵入りの危機の中、自作の故事成語一覧帳を読み返し、「疾風に勁草を知る」(人の本質は非常事態にこそ現れる)を発掘した際の高揚を何に例えましょう。表したい内容と合致する言葉を見出すことで事態が好転するのは、連載に限りません。「今回すごい頑張ったんです」との訴えを、「睡眠を犠牲にしてまで、妥協せずに資料を検索したんですね」と言い換えたところ、不平顔の学生は一転、満面に笑みを浮かべたのでした。
そんな悲喜こもごもの「論作文」ですが、困ったことにレポート技能よりも日本語検定3級の指南を始めたくなる答案が少なくありません。連載にも取り上げたように、受講者の中には「祖父母」を「祖父の母」だと認識している人がいます。この人には4級の受験を推奨するとして、以下の文をどう思われるでしょうか。
「SNSは多方面に利益を及ぼしている」
「悪い面を差し置いても有益だ」
「スマホが布教したので情報入手が容易になった」
すべて実際の答案にあった例です。利益は及ぼしません。もたらすのです。「差し置く」とは、「このありがたい講義を差し置いて、スマホに夢中だなんて!」のように、考慮すべき人や物事を蔑ろにする、の意で使用します。差し引きましょう。布教。確かにスマホの伝播力、人を熱中させる力には宗教じみた面がありますが、この場合は「普及」です。
このように、誤用を見つけるたびに「いやいや、違うだろ」と脳内のツッコミが饒舌に語り始め、肝心の論旨が頭に入ってこないのです。あまり度重なれば、答案そのものを敬遠したくなるのが人情というもの。義務を履行すべく読み進めるにしても、「これだけ言葉づかいが遺憾なら、内容も」との先入観は避けられません。まさに百害あって一利なし。この語彙力では執筆の前段階、資料を正しく読む段階でつまずくのでは、という危惧も外れておらず、「欧米」の「欧」が「欧州(ヨーロッパ)」を表すことを知らず、十カ国分以上の数値をアメリカ一国分として計上した受講者がいました。当然、結論は現実とかけ離れます。
では、危険を回避して使い慣れた言葉で書こう。という人が現れそうです。しかし、残念ながら大学生活において執筆する文章には大概、字数に制限があります。
例えば、ある答案にはこのように書かれていました。
「出産にかかるお金として、妊婦さん負担額が令和六年だと約五十万円もかかる」(35字)
同じことを、3級レベルの語彙を用いて書くと次のようになります。
「令和六年の出産費用の当人負担額は約五十万円にのぼる」(25字)
同様に、「まだできてない」→「未達成」、「裁判をやって負けた」→「敗訴した」、「(国連で/議会で/解任することが)きまった」→「採択された、可決された、引導を渡す」、と3級レベルの語彙を活用すれば、普段使いの平易な言葉より端的な伝達が可能です。
この削減が大きな意味を持つのが、エントリーシート(ES)です。ESとは就職活動において企業に提出する応募書類の一種で、限られた紙面の中で自分の能力・意欲を売りこみます。そこで、「学生時代力を入れたこと」を400字程度で述べる際、普段使いの言葉だとどうでしょう。
「学生時代に力を入れたことは焼き肉屋のアルバイトです。最初は言われたことをやるだけで、自分からあまり動けていませんでした。ですが、だんだん周りを見て人とも協力しながら動けるようになりました。具体的には、」
すでに100字です。一方、3級レベルの語彙なら下線部を30字圧縮できます。
「学生時代に力を入れたことは焼き肉屋のアルバイトです。当初は指示待ちでしたが、徐々に主体的に周囲と連携して動けるようになりました。具体的には、」
100字につき30字の節約を400字分累積すると、120字です。この120字の余白でもう一押し(うまく語彙を駆使すれば二押し)、自分の魅力をPRできるかどうかは書類選考の成否を左右しないでしょうか。もちろん、限られた時間の中で会話のキャッチボールを行う、面接においても同じことが言えます。
日本語検定3級は、「高校卒業・社会人基礎レベル」と位置づけられており、大学入試を突破した人にとって法外な難度ではありません。将来への先行投資、この春休みに3級対策を始めるのはいかがでしょう。ちなみに、本稿は「踏襲」と「饒舌」以外は3級レベルの語彙を使用し、「減らす」を「削減」、「節約」、「圧縮」に言い換えるなど、多彩な表現を実践しました。この文章を難しいと感じた学生諸君は是非、登場した語を自分でも使ってみるところから始めてみてください。
香山 幸哉(かやま ゆきや)
日本語検定公認講師
専攻は歴史学。文学修士(慶應義塾大学)。2017年から日本語検定公認講師。
高校教員(国語科)を経て、現在は複数の私大で日本語、文章指導の講義を行う。