正しい日本語の啓蒙と日本語力を高めるのが日本語検定の使命

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明海大学

外国語学部日本語学科教授

佐々木 文彦

オンライン・コミュニケーションで見えた日本語力の重要性

 コロナ禍によって、社会全体で日常化したオンライン・コミュニケーション。佐々木氏は、オンライン授業を通し改めて日本語力の重要性を痛感したと言う。

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 メールやSNSを使いこなしてきた学生にとって、授業そのものへの抵抗はないようですが、対話という部分では学生によって日本語力に差があるように感じます。どういう場面で、誰に対して発信するのかをきちんと理解している人と、言葉の使い分けが上手くできていない人がいます。仲間うちのメールやチャットなら簡略化した言葉や絵文字で意思疎通ができますが、オフィシャルな場ではその場に適した簡潔な日本語が求められます。

 また、受け手として応える場合も同様です。表面的ではなく、相手の意図を汲み取ったうえで明確に応えること。特に質疑応答は、議論を深めたり物事をよりよい方向に導いたりするための重要なコミュニケーションの手段ですが、相手の立場に立った言葉選びの積み重ねがなければ成立しません。対面とは異なり、相手の表情や仕草、間合いで推し量れない分、それらを補う日本語力が必要になるわけです。

 教える側の教員も同じです。対面の授業なら、学生の質問に応える、誤解している部分に補足説明をする、など臨機応変な対応ができます。ところが、オンライン授業となるとそうはいかない。言葉のキャッチボールが口頭から文字情報へと変わるからです。そのため、文字情報の比重が格段に増えましたが、文字情報だけで正確に伝えることは非常に難しいのです。書いた本人はわかってもらえるつもりでいても、読んだ相手は理解できない、疑問がわく、誤解を生じるといったことが多々あります。私も例外ではなく、講義内容を学生に読み取ってもらえるように書かなければ理解してもらえませんから。

日本語が母国語でない学生が求めるのは明解な日本語

 さらに、佐々木氏が教鞭をとる日本語学科には、日本語が母語でない学生も多く在籍している。そもそも言葉の障壁がある学生に対し、オンラインによるコミュニケーションは簡単ではないようだ。日本語を教える教員に求められるのは、はたしてどんなことだろうか。

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 日本語が母語でない学生の日本語の習得の仕方は、日本語を母語にもつ学生とは異なることを認識する必要があります。例えば、母語が日本語なら、「お茶を飲む器」は「茶碗」でも「湯飲み」でも通じます。ところが、日本語が母語でない学生は、「茶碗」は解っても「湯飲み」が何を指すのか解らない。つまり、「茶碗」と「湯飲み」を類義語として捉えていないのです。

 また、オノマトペも同じです。例えば、「椅子にちょこんと座る」「ポンと押すと明かりがつく」。「椅子に座る」「押すと明かりがつく」なら正確に理解できますが、「ちょこんと」や「ポンと」がついてしまうと途端に戸惑いが生じる。会話に色を添える、臨場感を伝える日本語特有の感覚的な表現も、日本語を学習する人にとっては一から習得しなければならない言葉なのです。ですから、そうした背景を踏まえたうえで指導しなければなりません。特に、対面でないオンライン授業においては、良かれと思って言葉を飾る、相手を慮って直接的な言葉を避ける、といった曖昧な日本語は、かえって学生の理解を妨げ不安に陥らせてしまいます。

日本語検定の6つの領域が日本語力を底上げする

 オンライン授業が日常化しつつある今後は、より学生に寄り添ったコミュニケーションが求められることになる。これは、大学に限らず、企業や社会全体にも言えることであり、相手を尊重した日本語力はますます大切になってくると言葉を続ける。

 社会人になれば、コミュニケーションはさらに多層化しますから、TPOをわきまえた日本語の運用が必須です。日常会話、楽しい話や笑える話は別として、伝えたいことを伝えるための基礎的な日本語力を身につけていないと困るわけです。

 こうした日本語の基礎力をサポートするのが日本語検定です。なかでも重要になってくるのが、日本語検定がだいじにしている「語彙」「言葉の意味」や「敬語」です。これらは、コミュニケーションにおいても重要な日本語力の基盤となるものです。

 「語彙」や「言葉の意味」を身につければ、言葉の領域が広がりますから、TPO に合わせた的確な言葉の選択ができるようになります。例えば、ほぼ同じ意味を持つ言葉「了解/承知」も、学生同士のグループワークの場なら「了解です」、教員に提出するメールなら「承知いたしました」。どちらを使っても意味は通じますが、場面ごとによりふさわしい言葉遣いがあります。特に母語が日本語でない学生には、文法が正しいかどうかに執着するよりも、伝えるための最適な言葉を選び抜く力を養ってほしいと思っています。多彩な語彙力があれば豊かな表現ができますし、人間力も高まります。

 また、オフィシャルな場面で欠かせない「敬語」は、使い方が適切かどうかということばかりに目を向けがちですが、それよりもだいじなのは、「相手の立場を尊重して書く、話す」ことです。日本語検定ではそうした敬語の重要性も説いています。

 「語彙」も「言葉の意味」も「敬語」も、早いうちから言語運用力として身につけておくのが望ましい。いずれの領域も基礎さえ理解できれば、ルールとして覚えようとしなくても自然に身についてくると佐々木氏は言う。

 日本語力の基礎を強化するために、幅広い層への啓蒙を続けていくことが、今後も日本語検定の果たすべき最も大切な役割だと考えます。もちろん、日本語検定に合格したからといって、それだけで日本語力が十分かといえば必ずしもそうではありません。けれども、認定されるためにクリアすべき6 つの領域(敬語、文法、語彙、言葉の意味、表記、漢字)を習得すれば相当の力が身につきますし、級が上がるごとに日本語力も磨かれます。日本語検定を一つの指標として学ぶことで日本語力は確実に上がる。そうすればさまざまな言語活動の場面で自ら学ぶ力が培われます。対面であれ、メールであれ、身につけた日本語を使い続ければ、コミュニケーションの質もレベルアップするはずです。

 テストの結果だけではなく、学んでいく中で、ふだんの言葉に対する意識、” 言葉って大切なんだ” と理解することが最も重要です。

 最後に、日本語が母語でない学生を指導していると、改めて言葉の力や奥深さに気づくことがあるという。日本語を知識として覚えるだけではなく、日本語の素晴らしさへの気づきや再発見の契機となることも日本語検定の大切な役割の一つなのではないか、と言葉を結んだ。

佐々木 文彦(ささき ふみひこ)

1958年秋田県秋田市生まれ。秋田県立秋田高等学校卒業。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。明海大学外国語学部日本語学科教授。専門分野は日本語学。語彙論、語の意味・用法の変化を中心に研究。2018 年3 月より、日本語検定委員会審議委員。著書に『暮らしの言葉 擬音・擬態語辞典』、『暮らしの言葉 新語源辞典』(以上、講談社)、『日本語再入門 知識編』(日栄社)など。『広辞苑 第七版』(岩波書店)の項目選定と執筆(国語項目)に携わる。