第17回日本語大賞


受賞のことば

各部門の最優秀賞である文部科学大臣賞を受賞された方のことばをご紹介します。



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    小学生の部 文部科学大臣賞

    中国
    天津日本人学校 3年

    影山 にいな

     このたびは、すてきな賞をいただき、ありがとうございます。とてもびっくりして、そしてうれしい気持ちでいっぱいです。私の作文「私の心、ふわふわスポンジ」は、中国での生活で感じたことを書きました。私は今、中国でくらしています。日本とは言葉も生活もちがい、はじめは分からないことが多く、ドキドキする毎日でした。でも、いろいろな人と出会い、たくさんのことを教えてもらいました。うれしかったことや楽しかったこと、新しくわかった気もちは、心のスポンジで少しずつ吸収してきたと思います。

     中国で出会った人たちは、いつも私にやさしく声をかけてくれました。いっしょにギョウザを作ったり、ダンスをしたりして、たくさん笑いました。年れいや国はちがっても、家族のようにあたたかい場所を、私にくれました。

     学校では、先生たちが私の苦手なことやむずかしいことを、分かるまで何回も教えてくれました。お父さんお母さんやお友達も、そんな私をたくさん応えんしてくれました。学校は、がんばることや、できるようになることは楽しいんだと気づかせてくれた場所です。

     そして中国で生活して、日本語はとても大切な宝物だと気づきました。日本語で考え、日本語で気持ちを伝えることが、私の心をつくっていると思います。

     中国で出会った人や、ちがう国の人が、「こんにちは」など日本語を少し話してくれるだけで、とてもうれしい気持ちになります。

     これからも日本語を大切にしながら、ほかの国の言葉や文化も、ふわふわのスポンジのように吸収していきたいです。

     このたびは本当にありがとうございました。



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    中学生の部 文部科学大臣賞

    茨城県
    つくばインターナショナルスクール 7年

    長谷部 明蓮

     この度、第17回日本語大賞において文部科学大臣賞という大変名誉ある賞を頂き、心から嬉しく思っています。このような機会を与えてくださった日本語の先生方、そして日頃から支え、励ましてくれる家族のおかげで、この結果につながったのだと感じています。心より感謝申し上げます。

     この作文を書いたのは夏休みの期間で、日本語能力を高めるために特に集中して勉強していた時期でした。本をたくさん読み、作文を書くことで文章の構成を学んだことが作品を書くうえで、大きな助けとなりました。また、日頃から悩んだときには、本やニュースなどから先人たちの考え方や生き方に触れ、生き方を学ぶこともあります。そして、同じように海外で過ごした境遇の仲間の努力する姿に励まされて、言葉と向き合う時間を積み重ね、自分の成長を少しずつ実感できるようになっていた矢先に、この受賞の知らせをいただき、まさか!という思いとともに、驚きと喜びで胸がいっぱいになりました。努力を続けてきて本当によかったと感じています。

     今回応募した「僕へのキャッチコピー」は、作文というより、日頃抱いている思いや考えを素直に書いたものです。シンガポールという多国籍国家で過ごした幼少期は、ルーツを意識することなく生活できた貴重な経験でした。そして、日本に帰国してからは、自分がいったい何者なのかを深く考えるようになりました。日本語は、日本人らしい性格が宿った言語だと思います。ちょっと控えめでありながら、意味を含ませ考えさせられるようなところが面白いです。それをもっと感じ取りたいと思うようになったことがきっかけで、日本語をもっと学んでみようと思いました。どちらの国での経験も僕のまなびにとって、かけがえのないものになっていることは間違いありません。

     最後に、人は自分の価値観だけで物事を判断してしまうことがあります。多角的に物事を見る目を養うことも大切だと思いますが、キャッチコピーは、人を前向きにするものであってほしいと願っています。時には言葉に傷つくこともありますが、今の僕はむしろ、言葉に、背中を押されたような気持ちでいます。これからも挑戦やまなびを続け、努力を積み重ねていきたいと思います。僕の作品に目を留めて頂き、本当にありがとうございました。



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    高校生の部 文部科学大臣賞

    滋賀県
    近江兄弟社高等学校 3年

    小西 琉偉

     この度は、栄誉ある文部科学大臣賞にご選出いただき、誠に光栄に存じます。

     深い見識を備えた審査員の皆様から、本エッセイをご評価いただけましたことに、深い喜びと感謝を抱いております。

     本エッセイでは、日本人の精神の奥底に脈打つ「和」の本質に目を向け、日本人としての在り方を改めて問い直しました。

     「和を以て貴しと為す」と聖徳太子が説いてから、約一四〇〇年。

     時代が移ろい、社会の姿がいかに変わろうとも、その精神は今なお、日本人の心の深層に息づいているのではないでしょうか。

     「言語は文化と思想の枠組みを形づくる」――。

     日本語に向き合うたび、私は日本文化の原点がまさにそこにあるのだと確信します。私が日本語の美しさに魅せられた原点は、太宰治が著した走れメロスとの出会いにありました。読むたびに情景と心情が鮮やかに立ち上がる、その日本語表現の巧みさに、私は強い憧れを抱きました。

     また、原民喜が憧憬した「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」は、まさにこの作品の中に息づいているように感じられます。今なお私は、その作品の中に日本語表現の一つの完成形を見出し、自らもそこへと近づくべく、研鑽を重ねています。

     日本語の美しさは、まことに計り知れません。私はマルタ留学中に企画した書道オリエンテーションを通して、その魅力を改めて実感しました。

     日本という存在を最小単位で体現するもの――それこそが日本語であると、私は考えています。「和」「愛」「仁」。書道文化とは、多様で深遠な思いを一字に凝縮し、静と動、余白と響きを織り交ぜながら言葉を紡ぎ出す営みです。そうして生み出された文字や言葉は、単なる記号体系を超え、人の精神そのものを映し出す存在へと昇華されていきます。

     その精神は、国境や文化の違いを越えて伝わる力を持っています。マルタ留学で出会った、リビア出身の友人ハフッドや、ホストマザーであったグレイス夫人にも、日本語が宿すその心は確かに届いていたと、私は信じています。

     「日本はなくなって、その代わりに、無機的で空虚な、ニュートラルな中間色の、富裕で抜け目のない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。」

     三島由紀夫が記したこの一節は、現代社会において、ますます重い意味を帯びているように感じられます。日本列島が宿してきた精神を改めて心に刻み、未来へと受け継いでいくためには、紡がれてきた日本の言葉や文学と真摯に向き合う必要があります。さらに、「書道」という身体性を伴う行為も、「和」を体得する営みとして、大きな意味を有していると考えます。

     私は、日本の精神としての「和」を見つめ直し、その価値を世界へ、そして未来を担う日本の子どもたちへ伝えていく「和の継承者」として歩んでいきたいです。

     以上を、私の決意としてここに記し、結びの言葉とします。

     ありがとうございました。



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    一般の部 文部科学大臣賞

    長崎県

    新谷 亜貴子

     この度は、このような栄誉ある賞を賜り、厚く御礼申しあげます。私の拙い作品に目を留めてくださいました審査委員の皆様方に、心から感謝しております。

     私がこの「日本語大賞」に出会いましたのは、昨年の2月です。「第16回日本語大賞」を受賞された方々の作品に触れ、その言葉の美しさ、意味の深さに心洗われたのを今でも鮮明に覚えています。

     もともと書くことが好きでしたが、数年間、「書く」ことよりも「読む」ことでたくさんの言葉に触れてきました。久しぶりに「何か書きたい」と思った時、真っ先に思い浮かんだのが、この「日本語大賞」でした。

     テーマは「私のキャッチコピー」。難しいな、と思いました。私には、特別な個性や特技がないからです。そんな時、息子が私にかけてきた言葉が、「お母さん、脱皮したことある?」でした。

     最初は、「あるわけないでしょう。お母さん、虫じゃないんだから」と言って笑っていましたが、次第にその「脱皮」という言葉の意味の深さが心の中にジワジワと広がっていくのを感じました。その気持ちをそのまま書き留めたのが、この「日々、脱皮」という作品です。

     この賞をいただいたことで、新たに気がついたことがあります。それは、脱皮は必ず、誰かに、何かに支えられて成し得るものだということです。家族、友達、美味しい食べ物、美しい景色、そして、未来への希望……。そのようなものに支えられながら、私たちは、日々、脱皮をしています。脱皮の瞬間は孤独です。しかし、その背景は、ひとりぼっちではありません。なぜなら脱皮とは、過去の記憶や経験を頼りに、未来への一歩を踏み出すものだからです。全ての命には、過去があります。それは即ち、全ての命は「ひとりぼっちではない」ということです。生きるということは「点」ではなく「線」。そう考えると、過去が未来への道しるべとなり新たな脱皮をすることができる今が、とても愛おしく思えてきます。

     言葉は、自分の思いを形にしてくれる、とても大切なものです。そして、この世の中は、言葉であふれています。私は言葉が好きです。特に日本語は、その字の形、響き、意味の奥深さが美しいものがたくさんあり、そんな言葉に魅了されることが多々あります。

     しかし、それをとても怖いと感じることもあります。言葉で救われる人がいる反面、救いようのない傷を負う人もいるからです。言葉は「お守り」にも「凶器」にもなります。同じ言葉でも、時として誰かにとっての喜びとなり、そして時として、誰かにとっての悲しみになることもあります。どんなに温かい言葉より、「無言」という言葉が大きな救いになることもあります。言葉の力は偉大です。そんな言葉を大切にすることは、誰かの、そして、自分の心を大切にすることにもなります。

    「言葉と心を大切にして生きていきたい」

     改めてそう思った今も、私にとっての大切な脱皮だと言えましょう。

     最後になりますが、これまで私と出会い、日々の脱皮、そして、今回のこの文部科学大臣賞という大きな脱皮の源となってくださいましたたくさんの方々、そして、私の作品を読んでくださいました皆様に、心より感謝申しあげます。ありがとうございました。