出典は漢籍でございますが

男子 だんし 三日 みっか 会わざれば 刮目 かつもく して見よ

『三国志』呉書呂蒙伝より。勇猛ながら無学で有名だった呉の武将、 呂蒙 りょもう が呉王 孫権 そんけん の勧めで学問を始め、その変貌ぶりを驚く知識人の 魯粛 ろしゅく に返した言葉。ひとかどの男子は三日も経てば成長しているので、再会したときは注意して見るべきだ、の意。

 漢籍とはジェンダー平等の概念から遅れること約二千年の時期に書かれている。ためか、女性に対して失敬な言い草が少なくない。

牝鶏 ひんけい あした す(女が権力を握って治めると、国や家などが滅びる。by『書経』)

女子 じょし 小人 しょうじん は養い がた し(女性と徳のない人間は、近づければ図に乗り遠ざければ怨むので扱いにくい)by『論語』

は己を知る者の為に死し、女は己を よろこ ぶ者の為に かたち つくる(立派な男は自分の真価を認める人に命がけで尽くし、女は自分の美貌を喜ぶ者のために化粧をする)by『史記』

 言いたい放題である。そのくせ、男子の方は「男儿膝下有黄金(男が ひざまず くのは黄金と同等の価値がある)」と持ち上げる。なにもそう男子ばかり珍重することはない。妊婦だって三日会わなければ相当様変わりする。

 とまれ、2020年代の現在、我が講義で三日どころか三か月教えても句読点がほぼない答案を書く者、「僕」の使用を 墨守 ぼくしゅ する者、YouTubeの動画を参考文献に挙げる者、みな男子である。入学時の成績が一定基準に達せず、任意の補習クラスに呼ばれる学生も断然男性比率が高い(成長を遂げるのは性別を問わず最終回まで受講を続けた者である)。

 その補習クラスに、割と真面目に顔を出していたI青年が六月から現れなくなった。聞けばボディビルのジム通いを始め、補習を受けていたのでは夕方のコースに間に合わぬとのこと。以前 ES エントリーシート 作成の講義で「学生時代力を入れたことは腕立てと腹筋だ。おかげで体がでかくなった」と書いて寄こした者がいた。では全身の筋肉増強に青春を捧げるI青年、秋にはどれほどの拡大を果たしているかとわくわくして九月下旬に必修科目の教室へ赴けば元通り小柄で華奢な青年がいる。なんだつまらん。ところが春の彼を知らぬ同僚は「えっ、I君は逞しいですよ!特に上腕なんとか筋が――」と目をむく。

  くだん の呂蒙、猛勉強を経て教養人に変貌したものの、一度定着したイメージは上書きを許さず、「 呉下 ごか 阿蒙 あもう 」と言えば「無学な人物」、「いつまでも進歩のない者」の意になる。先入観のある相手の再評価は目を見開いて行うくらいが良いかもしれない。

香山 幸哉(かやま ゆきや)

日本語検定公認講師

専攻は歴史学。文学修士(慶應義塾大学)。2017年から日本語検定公認講師。
高校教員(国語科)を経て、現在は複数の私大で日本語、文章指導の講義を行う。