世界の言語から見た日本語のコミュニケーション

前回、日本で暮らす外国人の方にやさしい日本語を使うことの大切さについて説明しましたが、皆さんは、どんな日本語がやさしくて、どんな日本語が難しいか考えたことがありますか。

ほとんどの日本人は、小学校の国語の時間に習うような日本語はやさしく、大人が見たり聞いたりする新聞やニュースに出てくる日本語は難しいと考えます。それは、大体正しいのですが、必ずしも子どもが使う日本語がやさしくて大人が使う日本語が難しいとは限りません。

例えば、子どもが使う「すっげー」「むずいよ」「食べちゃった」などということばは、外国人にとって理解しづらいからです。

日本人が英語に触れる場合でも、教科書に書かれている長文の物語を理解することはできても、海外で子どもたちがしゃべっている英語は全然わからないということがあります。中学の時にならった“delicious”の意味は分かっても、子どもたちがよく使う”yummy”の意味がわからないというのと同じです。

どちらもおいしいという意味ですが、学校で習う英語では、最も一般的な言い方である”delicious”をまず教え、実際に生活で頻繁に子どもたちが使っている話し言葉の”yummy”は、教えないからなのです。

それと同じように、外国人も、日本語を学ぶときには、最も一般的で汎用性の高いことばから学ぶことが多いので、「すっげー」や「すごく」より「とても」のほうが、「むずい」より「難しい」のほうが、そして、「食べちゃった」より「食べてしまいました」のほうが簡単なことばになるのです。

1990年頃から日本に在住する外国人が急速に増え始め、特に外国人が集中して在住している「外国人集住都市」と呼ばれる都市ができています。

たとえば、愛知県豊橋市・豊田市や群馬県太田市・伊勢崎市、静岡県浜松市などです。そこでは、日本人と外国人がともに生活していける街づくりが意識されるようになり、その中でやさしい日本語の必要性も叫ばれるようになりました。

その動きは、1995年の阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災を契機に、さらに大きくなりました。多くの外国人が日本で被害にあったにもかかわらず、緊急情報や生活情報が適切に伝わらなかったからです。

その反省から、やさしい日本語による情報伝達の重要性が各自治体で強く認識され、やさしい日本語で情報伝達しようという考え方が普及しつつあります。

それでは、具体的にどのような日本語がやさしいのでしょうか。

まず、「~です。」「~ます。」のような丁寧体で話したり書いたりしたほうが外国人にはわかりやすいのです。日本語の教科書は、活用のやさしさから「です・ます体」から教えます。親しさを表そうとして友達や子どもに話しかけるように「どこに行ったの。」と言うより「どこに行きましたか。」と聞いたほうがわかります。

次に、漢字でできた熟語を避けます。「開始する」より「始める」、「長時間」より「長い時間」と言った方がわかりやすいからです。

さらに、前回紹介した受身形や使役形は難しいので、「男の人に田中さんは押された。」ではなく「男の人が田中さんを押しました。」、「母親が子供に手伝わせた。」ではなく「母親が子供に手伝いなさいと言いました。そして、子供は手伝いました。」と能動態で表現するとわかりやすいでしょう。

可能形も「この水は飲めます。」と言うより「この水は飲むことができます。」と言ったほうがわかりやすいです。

そして、丁寧に言おうとしてついつい敬語を使いがちですが、それは外国人にとってはより難しい表現になってしまうので、「どこからいらっしゃいましたか。」ではなく「どこから来ましたか。」、「あそこにある掲示板をご覧になるといいですよ。」ではなく「あのお知らせを見てください。」と言うほうがわかってもらえます。

その上で、一文一文を短くして、一つの主語と一つの述語からできている短文で、なるべく情報を単純にして伝えることが大切です。「雨天の場合、大会は行われないかもしれない。」のような曖昧な表現は避けて、「雨の時は、大会はありません。」と単純にして伝えます。

「余震が来ないこともない。」ではなく、「大きな地震に続いて 小さい地震が来ます。」と二重否定を使わないようにしたり、難しいことばを言い換えたりすることも注意点の一つです。

愛知県、大阪府、埼玉県などでは、やさしい日本語を使用するための手引をホームページで紹介しています。ぜひ、一度見ていただいて、地元で暮らしている外国人の方々にやさしい日本語を使って気軽に声をかけてみるといいのではないでしょうか。

2020年には東京オリンピックが開かれますが、オリンピックを観戦するために様々な国からお客様が来日することでしょう。その中には、来日するのをきっかけに日本語を少し勉強してくる方もいるはずです。

そうした人々にも、日本に来て日本語を使う喜びを感じてもらいたいものです。

日本に住む外国人にとって住みやすく、日本を訪れた外国の方にとっても気軽に日本人と触れあえる環境を作りたいものです。一度、やさしい日本語表現、難しい日本語表現について考えてみるのはいかがでしょうか。

荻原 稚佳子

慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。

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