忘れ得ぬ言の葉

岩手県「北三陸市」(久慈市がモデル)を舞台とする朝の連続ドラマの視聴率が高いそうだ。東京では引っ込み思案だった主人公が、母親の故郷「北三陸市」に住んでから、憧れている人がしている海女そしてタレント業を体験しながら、自分のアイデンティティを確立していこうとする物語である。

ドラマの中に出てくる、驚きの意味をあらわす方言「じぇ」が流行っている。それをもじって、口を「J」の文字で表した絵文字もインターネット上で頻出するようになった。

筆者は仙台市出身である。東北弁はだいたい理解できると思っていたが、「じぇ」をドラマではじめて知った。最初、脚本家宮藤官九郎の造語かしらとも思っていた。勝手な思い込みである。かつて岩手では、驚いたときに「じゃ」と言うこともあったらしいが、「じぇ」は、とくに海女の間で使われていた感嘆詞だったらしい。

東北大学の方言研究者である小林隆教授によると、「じぇ」は、元来室町時代の京都あたりで使われていた感動詞だったとのこと。それが次第に拡がっていくのだが、複雑な表現が発達していった関西や関東では消えていき、気持ちを直截的に伝えるシンプルな表現を好む東北地方に残ったと分析している。なるほど、東北ではオノマトペ(擬音語・擬声語、擬態語)が豊富である。

海外からやってくる留学生は、このオノマトペが大好きだ。

先日、図書館で調べものをしていたところ、なにげなく手にした本がおもしろかった。竹田晃子『東北方言オノマトペ用例集』(国立国語研究所)である。東日本大震災直後、救援活動をするために、全国からたくさんの人々が岩手・宮城・福島に集まった。この本は、とくに医療関係者を対象として、現地の方言を理解する一助となるように、まとめられたものだという。

たとえば高齢者の患者の訴える「のどぁ ぜらぜら、せきも つょいつょい」が、「のどはせらせら、咳もちょいちょい」の意味であることを理解できれば、治療行為がはかどる。この本では、「せらせら」「ぜらぜら」は、のどの不快感、痰がのどにからまって鳴るさまであると説明している。

それにしても、医療現場では、ここまで方言を必要とするのだろうか。勤務する本学の学長(大病院院長を経験した内科医)に尋ねると、即答で返ってきた。

「それは大切ですよ。高齢者の中には、『いでがすかや? そこさぬだばって見せてけさいん』(痛いですか? そこへ腹ばいになって見せてください)と言わないとわからない人がいますからね。」

たしかに、スタッフがたくさんいたら、なんとか対応できるだろうが、大震災のような非常事態、緊急の場合こそ、地元のことばへの興味と理解が重要になるのだろう。

東京下町生れの学長が、仙台弁を流暢に話すのには驚いた。まさに「じぇ じぇ じぇ」だった。

大本 泉

仙台市出身。仙台白百合女子大学教授。日本ペンクラブ女性作家委員。専門は日本の近現代文学。
著書に『名作の食卓』(角川書店)、共編著に『日本語表現 演習と発展』『同【改訂版】』(明治書院)、共著に『永井荷風 仮面と実像』(ぎょうせい)等がある。