世界の言語から見た日本語のコミュニケーション

先日テレビを見ていたら、フランスでジャパン・エキスポが行われ、4日間でなんと23万人が来場したと伝えていました。

ジャパン・エキスポは、2000年からフランスで行われており、日本の伝統文化や漫画などの「今」の日本文化について紹介するヨーロッパ最大の日本文化とエンターテイメントの祭典です。

さまざまな日本文化が紹介されますが、開催当初から人気があるのが漫画です。たくさんの漫画がフランス語に訳されて出版されています。

漫画売り場での取材では、今年は1000万円以上の売り上げがありそうだと話していました。日本の漫画はストーリー性・絵の緻密さ・芸術性など世界的にもレベルが高く、世界中の人の心を魅了しています。

日本語を勉強している外国人の中に、漫画を日本語で読めるようになりたいから勉強しはじめたという人によく会います。

しかし、漫画の中の日本語は、実際の会話の日本語とはちょっと違う日本語があることを知っていますか。

たとえば、「こりゃ、大発明じゃよ。」「そうじゃ、わしが言った通りになったんじゃ。」というセリフがあったとしましょう。これは、どんなキャラクターが話していると思いますか。

男性ですか、女性ですか。若い人ですか、年配の人ですか。どんな仕事をしている人でしょうか。こんな短いセリフですが、きっと皆さんの頭の中には、ある人物像が浮かんでいると思います。

それは、年配の博士ではありませんか。私のイメージでは、アトムに出てくるお茶の水博士です。えっ?古すぎてわからないですか?

では、「まあ、すてき。これはあなたがお描きになった絵ですの?」「ええ、よろしくってよ。」というセリフはどうでしょうか。

どんなキャラクターを想像しましたか。たぶん、お嬢様かセレブな女性を想像するでしょう。私は、縦ロールの長くて美しい髪をしたマリーアントワネットのような、顔の3分の1がぱっちりお目目のお嬢様を想像します。

お蝶夫人かベルばらのイメージです。えっ?これも古すぎる?これで、私の年代がわかってしまいましたね。

でも、ちょっと考えてみてください。現実の世界で、あなたの周りにこのような話し方をする人はいるでしょうか。

実際に、このような話し方をする人を見かけたことがありますか。

「~じゃよ」という言い方をする人に、私は会ったことがありません。私の大学には大勢の先輩博士がいらっしゃいますが、私たちと同じように「これは、大発明ですね。」「大発明だね。」とお話しなさいます。「~じゃよ」のような話し方は聞いたことがありません。

それに、とても上品なご婦人も存じ上げていますが、「~ですの?」「よろしくって」という言い方をする女性に会ったことがありません。

つまり、実際の会話にはない話し方なのに、漫画の世界ではあるキャラクターの個性を表現する話し方として存在しているのです。

このような話し方のことを役割語と呼び、老博士やお嬢様のような特定の人物像に対して多くの人が持っているイメージを強調し、いかにもそれらしい話し方のことを言います。

漫画の中では、幼い子供だったら、「ミルクが欲しいでちゅう~」、ハードボイルドな男性だったら「俺様に近づくこともできないだろうぜ。」という話し方を見かけます。

でも実際に3,4歳の子どもが「~でちゅう」というのを聞いたことはないし、男性で「~だぜ」と言っているのは、最近では「ワイルドだぜ」「ワイルドだろ」の「スギちゃん」くらいなものです。不思議なことですが、全くのイメージの中の話し方なのです。

けれども、北斗の拳のケンシロウが「おまえは、もう死んでいるのじゃよ。」と言ったら、急にケンシロウが弱そうに見えてきますし、ドラえもんが「おれ、ドラえもんだぜ。」と言うとかわいさ半減で、のび太くんとのほのぼのとした生活は送れそうもありません。

漫画の中で絵はもちろん重要ですが、せりふもそのキャラクターの個性を表すものとして重要です。同じことを伝えるのでも、そのキャラクターがどのように話すかによって、大きな違いが生まれるのです。

荻原 稚佳子

慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。

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