世界の言語から見た日本語のコミュニケーション

9月下旬から韓国インチョンで「アジア大会」が開催されました。競泳や柔道、レスリングなど多くの競技でメダルを獲得した日本人選手の活躍に注目が集まりました。また、ボーリングや自転車、ボートなどの競技もあり、多様なスポーツの試合が繰り広げられました。

柔道の試合を見ていた時、判定の方法で使われていたのが、「Ippon」「Waza-ari」「Yuko」という用語です。これは、もちろん日本語の「一本」「技あり」「有効」がローマ字で表記されたものです。

皆さんもお気づきのことと思いますが、日本語がそのまま世界的に使用されている一例ですね。

前回のエッセーで、外国から日本に入ってきた外来語の話をしましたが、これは外来語の逆で、日本から輸出されていった言葉達です。外国で日本語が借用語として使われている事例なのです。

柔道は、嘉納治五郎を創始者とする講道館柔道が普及して今に至る日本由来のスポーツですので、柔道で使われる用語は日本語がそのまま使われています。そのほか、自然災害の多い日本から「津波」が「Tsunami」として世界的に使用される気象用語になっています。

経済用語ではトヨタの「かんばん」というカードを自動車の生産指示に使用した生産方式が「Kanban」と呼ばれたり、日本の製造業で生まれた工場での作業改善活動である「改善」が「Kaizen」と呼ばれたりして、アルファベットで表記されて使われています。

また、日本発祥の娯楽であるカラオケも「Karaoke」をはじめとしてそれぞれの国の表記に直されて使用されています。若者文化の一つとして「かわいい」という概念も「Kawaii」と表記されて使われ、多くの国の若者に影響を与えています。

このように日本からも多くの言葉が世界に出ていってユニバーサルな用語として使われているのです。これは日本文化、日本的考え方の輸出とも言えます。ただ、使用される場合は、先に挙げた例の通り、アルファベット表記になって使用されているものが多いです。

ところが、日本語が漢字のまま借用語として使用されている国もあります。それは、意外にも中国です。元々中国から漢字がもたらされ、江戸時代末期までは多くの中国語が日本語の漢語となったという経緯があります。

日本語からの借用語について研究をしている彭広陸氏の研究によると、日本語が中国語に多く取り入れられた時期が2回あり、1回目は19世紀末~20世紀初頭で、主に西洋文化・文明を受容する際に自然科学用語や社会科学用語などが西洋学術書を翻訳した日本語を通して中国にもたらされたそうです。

つまり、直接、西洋から取り入れるには英語などアルファベット等の文字を漢字に直すという翻訳の大変さがありますが、一度日本で漢字を使った用語になっていれば、それをそのまま活用できるという便利さがあったようです。

2回目は、1980年代以降で日本文化がメディアや人的交流などを通じて中国に紹介され、借用語として定着していったものです。主に衣食住に関する用語や抽象的な語彙があるそうです。

例えば、本生、料理、便当(弁当)、刺身、串烧(串焼き)などの食に関する用語、宅急送(宅急便)、配送、入院、福祉、家电(家電)などの生活関連の用語、痩身、美白、敏感肌などの美容関連用語、その他、人气(人気)、研修、暴走など幅広い分野の言葉が、日本語から中国へ伝わり使用されるようになりました。

さらに、単語単位の日本語だけでなく、「~風」、「~男」、「~女」などの接尾語や「超~」、「爆~」、「初~」などの接頭語も借用されているそうです。

このような接尾語・接頭語をつけて新しい言葉を創造していくのは、日本人が得意な分野で、造語文化も中国に伝搬していっていることを示しています。

こうした両国の外来語事情を知ると、江戸後期までの中国から日本への文化と言葉の一方通行が、やっと日中間で相互通行になってきたことがわかります。互いに影響を与えあってこそ、真の交流がなされていると言えるのではないでしょうか。

日本語が多くの国で借用語として使用されるということは、それだけ日本や日本文化が深く世界に知られていっていることを表します。日本が他の国にない物や概念を紹介することができれば、その国で借用語として定着していく可能性が高くなります。

これからも、日本文化や日本の良さを象徴するような言葉を広めていきたいものです。皆さんは、次にどんな言葉を世界に伝えていきたいですか。

荻原 稚佳子

慶応義塾大学法学部、ボストン大学教育学大学院を経て、青山学院大学大学院国際コミュニケーション専攻博士課程修了。明海大学外国語学部日本語学科准教授。専門は外国人への日本語教育、対人コミュニケーションの言いさし(文末を省略した発話)、語用論。著書に、『言いさし発話の解釈理論―会話目的達成スキーマによる展開―』(春秋社)、『絵でわかる日本語使い分け辞典1000』(アルク)、『日本語上級話者への道―きちんと伝える技術と表現』(スリーエーネットワーク)などがある。

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