日本語クリニック

 ハワイを舞台としたHAWAII FIVE-0というアメリカの刑事ドラマ(2010~2020)の中に、カリフォルニアから来た刑事がハワイ出身の刑事に向かって、「前菜」(英語ではhors d'oeuvreまたはappetizer)のことをpupu(ププ)と言うなんて信じられないと述べる場面があります。子音で終わる語の多い英語、その英語の話者からすると、同じ音が繰り返される母音終わりの単語に対して、奇妙な感覚をいだくのかもしれません。興味深いのは、日本語話者でも、「ププ」で「前菜」を表すことについて、何となくおかしみを覚えるということです。k.m.p.(2015)には「ハワイ語で(おつまみのことを)ププっていうのよ」という指摘に続けて「ププって響きにおもしろさを感じた私たちの表情にすかさず気づいて一緒に笑うアンネルさん」と書かれています。どうして「ププ」におもしろさが出るのでしょうか。語頭の[p]音に注目して、その要因を探ります。
 現代日本語における[p]について、城生・松崎(1995)は、「「ぱさぱさ」「ぱあっと」「ぽか」などの、擬音語や俗語以外の和語では、パ行音、ラ行音は語頭にこない」という原則があり、そのことから「パ行音で始まる語は、だいたい外来語か和語の俗語・擬音語である」ことがわかると述べます。この記述を頼りに、語頭が[p]の語全般について、その属性を確かめます。『新選国語辞典 第10版』(以下『新選』)を用い、語頭が[p]の713語を抜き出しました。親見出しの語のみを抜き出し、子見出しの語は対象外とします。「ページ」の略の「ペ」のように、語頭には来ず、接尾辞として使う語も省きます。以下に語種の内訳を示します。

語数 語例
和語 133 ぱあ ぴりぴり ぷっつん
漢語 0
外来語 548 パイナップル ペキン(北京) ポリープ
混種語 32 パナマ帽 プロ野球 ポリ袋

 漢語については、玉村(1991)に「語頭に/p-/が現れないのが、他語種と異なる顕著な事実である」と指摘されていました。
 ここでハ行音の歴史を確認します。古い時代の日本語では、ハ行の子音は[p]であり(「花」は[pana])、その後、[Φ](現在なら外来語で用いるファやフィの摩擦音です)の音を経て、江戸時代に現在と同じ[h]になったと推定されています。[p]から[Φ]への変化は、その時期が確定していません。月本(2015)には「奈良時代8世紀に摩擦音化していたとする説もあれば、11世紀以降の変化と推定する説もある」と記されます。[p]は、子どもが習得しやすい音であり、世界的に見ても、珍しいところのない音ですが、日本語の場合、唇を使って発音することをさける(怠ける)、いわゆる唇音(しんおん)退化という現象により、上記のようなハ行音の変化が生じました。その際、現実の音または様子の模写を本分とするオノマトペでは、パ行音が保たれます。「ぱたん」と「ばたん」、「ぽきぽき」と「ぼきぼき」といった区別がつかなくなるのは困るからです。また、「普通とは異なる異様さ」を本質とする俗語の場合は、[p]があえて利用されます。それらを除く、普通の日本語、標準的な日本語の中に、語頭が[p]で始まる語が見られないのは、以上の事情があるからです。
 では、和語の133語は、すべてオノマトペと俗語か否か。次に、その点を考えます。多くは「ぱさぱさ」「ぺたぺた」といったオノマトペであり、副詞として用いられます。副詞以外であり、かつ、俗語であるものに「ぱあ」「ぴんしゃん」「ぺら」「ぽか」など14語があります。
 以上のものを除くと、オノマトペ、副詞、俗語のいずれにも当てはまらない語は、「ぱちんこ」「ぴりから」「ぴんぽん」「ぺんぺんぐさ」「ぽち」「ぽちぶくろ」「ぽっち」「ぽっとで」の8語に絞られます。「ぱちんこ」は多く「パチンコ」と書きますが、カタカナで書くことや遊びを表すこと、「ピストル」の意味の俗語であること、などから考えると、日本語話者の意識としては、外来語・俗語(に近い語)として捉えている可能性があります。
 次の「ぴりから」は、「ぴり」が「ぴりり」「ぴりぴり」などと関係がありそうなので、オノマトペと無縁ではありません。「ぴんぽん」は、名詞としての用法があるため、副詞用法のオノマトペとは別扱いとしましたが、インターホンなどの音を模したものであるとすれば、これもオノマトペの仲間です。続いて「なずな」の意の「ぺんぺんぐさ」です。この語は「さやの形が 三味線 しゃみせん のばちに似ているので、三味線の音をとって名づけたもの」(『新選』)であり、「ぺんぺん」は三味線の音を表すオノマトペです。オノマトペの「ぽっと」を構成要素に持つ「ぽっとで」もオノマトペと無関係ではありません。『例解国語辞典 初版』(1956)では俗語として扱っています。「ぴりから」「ぺんぺんぐさ」「ぽっとで」をもとに指摘できることは、[p]を語頭に持つ和語は、オノマトペか俗語であることが多い、細かく言えば、そこにオノマトペを構成要素として持つ複合語も含まれる、ということです。
 残るは「ぽち」「ぽちぶくろ(ぽち袋)」「ぽっち」です。『新選』の「ぽち」には二つの意味が載っています。「①小さな点。ぼち。ぽつ」と「②〔もと関西方言〕雇い人や芸人などへの祝儀。チップ」という意味です。「ぽち」および「ぽち」を含む「ぽち袋」については、橋本(2015)で、その昔に遊里で使われた隠語、俗語に由来することが詳述されています。また、同論文では、「小さな点」の意味の「ぽち」について日本語学者の佐竹秀雄氏が2001年1月15日付の読売新聞(大阪夕刊)で「ポチはもともと小さい点や突起を意味した。「できものがポツッとできる」の擬態語ポツッも関係があると思われる」と述べたことを受けて、「例証は難しいものの、概ね妥当な考えのように思われる」と結んでいます。「ぽち」および「ぽっち」は、語源的にはオノマトペである可能性があるとの指摘です。『新明解国語辞典 第8版』が「ぽち」に小さな点の「口頭語的表現」という注記を施しているのは穏当な判断です。
 以上のことから、[p]音で始まる現代語の中には、外来語やオノマトペや俗語ではない、「まっとうな」語のないことが確かめられました(ちなみにハワイ語で「まっとう」を意味することばをpono(ポノ)と言い、歌手のニール・ヤング(1945~)の大好きなことばだそうです(ニール&フィル(2020))。
 冒頭に記したハワイ語のpupuに関連して、和語には笑い声として使う「ぷぷ」があります。「あはは」「ははは」などが感動詞であるのと同じであり、オノマトペとは異なるとすれば、「ぷぷ」は例外的な存在となります。ハワイ語のpupuは、日本語話者からすると、音からして英単語(から来た外来語)という感じはせず、むしろ日本語の笑い声の「ぷぷ」を連想させる。ところがその意味は「前菜」という、オノマトペ、俗語、感動詞とは無縁の、いわばフォーマルな事柄を表すがゆえに、そこに笑い声との隔たりに気がつき、何となくおかしみを感じる、ということではないか。これを本コラムの結論とします。

俗語の中には、時がたつにつれて、俗語という感じが薄れ、一般的な語になるものもあります。俗語のままか、一般語(「常用語」と呼ぶ人もいます)になるかどうかは、語によって異なります。

参考文献
城生伯太郎、松崎寛(1995)『日本語「らしさ」の言語学』講談社
玉村文郎(1991)「日本語における外来要素と外来語」『日本語教育』74
月本雅幸(2015)『日本語概説』放送大学教育振興会
ニール・ヤング&フィル・ベイカー(2020)『音楽を感じろ』河出書房新社
橋本行洋(2015)「「ぽち」とその周辺語」『日本文芸研究』66
k.m.p.(2015)『k.m.p.の、ハワイぐるぐる。』東京書籍

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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