日本語クリニック

 「お体」や「お背中」のように、身体部分を表す語に「お」をつけることがあります。どの場所に「お」がつき、どの場所に「お」がつかないのか、体全体にわたって考察します。ほかに「み」「ご」も「お」と同様の使い方をします。和語の「お」「み」は和語と、漢語の「ご」は漢語とくっつくというのが原則です。これらの接頭辞を添えた言い方があるかどうかの確認には、『精選版 日本国語大辞典』『大辞林 第4版』『大辞泉 第2版』などを用います。

頭から首にかけて

 まず首から上の部分を見ます。頭に関係するものに頭髪の敬称「おぐし」「みぐし」や頭・首の敬称「みぐし」があります。「おぐし」は「はじめての都内巡幸からお帰りになったとき、陛下のおぐしは乱れ、お服の衿もとから肩にかけては土埃がうっすらと積っていた」(『日本の百年9』2008、筑摩書房)のように「乱れる」とともに使ったり、「きれいなおぐしですね」のように、褒めことばとして使ったりしていました。特に後者については、今でも上品な話し方をする人たちの間では聞かれることがあるようです。「おあたま」は一般的ではなく「お頭」と書いてあれば、「おかしら」と読むのが普通です。また、「お顔」は、一般的な言い方です。
 ほかには「お目(にかける)」「お口(に合う)」「お耳(に入れる)」あたりが一般的です。「お鼻」(童謡「ぞうさん」の歌詞にある「お鼻が長いのね」は除く)」または「おこめかみ」「お首」「お唇」「お歯」「お舌」「おべろ」「おのど」「おあご」「おほお」「お耳たぶ」「おもみあげ」「お眉毛」「ご眉間」などは一般的ではありません。「お鼻」がないのは、「お目」は「見る」、「お口」は「飲み食いする」、「お耳」は「聞く」という動作と結びついた表現ですが、においをかぐ動作は、敬語にして表現すべきこととは歴史的に見なされなかったようです。なお、「お目玉」「おでこ」は、それぞれ「叱られる」意の語、「ひたい」の俗語として、特別な意味・語感で用いられます。

幼児語

 幼児語について見ておきます。「おめめ」「おてて」それから「毛」を表す「おけけ」があります注1。単独の場合に1拍であることがこれらの表現が生じる条件です。ただし「歯」には、同様の言い方がありません。男性の陰部を表す語も幼児語ですが、これは1拍ではありません。「おめめ」などには語形を安定させる動機も感じられますが、陰部の場合は、語形の安定というよりも、ふざける気持ちが強く働いたように思います。1拍語の繰り返しとは異なりますが、「つむり」の「つむ」を含む「おつむ」も幼児語です。

胴体と「お」

 胴体に移ります。「お背中(を流す)」「お腰」あるいは「おなか」「おへそ」が一般的な表現として存在します。「腹」の尊敬語に「おはら」がありますが、日常的にはあまり聞かないようです。ただし、「お腹立ち」という語は、まだ健在です。「お胸」は、美容関係のネット広告などに散見します。「ご心臓」「ご胃」「ご肺」など内臓に「ご」をつける言い方は一般的ではありません。

下半身と「お」

 下半身では、「おみあし」があります。「おあし」が「金(かね)」を表すので、それを補うために「おみあし」があると説かれることもありますが、「おあし」に「あし」の敬語としての意味を認める辞書もあります。もっとも、現在では「おみあし」のような丁寧な形はさけられる傾向にあり、かといって「おあし」と言うわけにもいかず、「あし」は「あし」とのみ言うという人が多そうです。「おあし」については、三宅(1944)において、すでに「「お銭(あし)」といふ語は次第に影がうすくなつて、それに代るに「お金」といふ語が天下を取らうとしてゐる」と記されていました。随筆家の高見沢潤子(1904~2004)は、『のらくろひとりぼっち』に「いまの子供は、お金のことを、おあしとはいわない。私たちが子供のころは、おかねの俗語としておあしといっていた。とくに下町では、さかんに使われていた言葉である」と書き残しています。
 「おひざ」は「おひざにぬいぐるみをだっこ」などと用いられることがあります。「おもも」「おすね」「おかかと」「おつまさき」「おくるぶし」「おひかがみ」「おふくらはぎ」「お足首」「お土踏まず」は変な感じがします。なお「ひざ」には「ひざ送り」という複合語があり「おひざ送り」の形で用いられます。この語について日本語学者・秋永一枝氏(1928~2017)は次のように述べていました。

東京弁で好きな言葉に「お膝送り(オヒザオクリ)」というのがある。席がいっぱいでもっと詰めてくれませんか、というとき「お膝送り願います」といって詰めて貰う。でんと股(また)を広げて座っている若者にこういったところで通じないだろうが。


これは、2008年1月23日の「東京新聞」に載った記事です。

しりに使う「お」

 「しり」には「おしり」と俗語の「おけつ」があります。放送では「物事を丁寧に言うために付ける「お」は、できるだけ省いたほうが、すっきりした表現になる」(『NHKことばのハンドブック 第2版』)とされますが、「はら」に抵抗を覚えて、特に女性のアナウンサーが「おなか」を使うことがあるのと同様に、「しり」も単独で用いると露骨な感じがするのか、代わりに「おしり」が用いられていると感じる場合がテレビやラジオなどではしばしばあります。「でんぶ(臀部)」を聞くこともありますが、個人的には、デ\ンブと聞くと、真っ先に食べ物の「でんぶ」のほうを思い浮かべます。なお、「また」も「おまたがかゆい」などと、ややふざけた感じで使われることがあります。

腕と「お」

 最後に腕に関することばです。歌には「母さん お肩をたたきましょう」(西条八十(1892~1970)作詞の童謡)という例があります。丁寧なことばづかいをする人の中には、「お肩(に糸くずが~)」などと使う人もいるようです。「おうで」「おわき」「お二の腕」「おひじ」「お手首」「ご前腕」は一般的ではありません。スポーツ競技などは別として、ふだんの移動動作ないし体の姿勢、あるいは健康に関する話題において「ひざ」の存在は目立ちますが、「ひじ」の存在は目立ちません。そんなところにも「お」をつける必要性の度合いに差が出る要因がありそうです。
 手については、キリスト教の「神のみて(御手)」があります。「お手」は、相手の手の敬語として「お手を拝借」「お手を煩わす」の形で用いられたり、筆跡の意味の敬語として使われたりしますが、単独で「お手」と言った場合には、犬に何かを命じる際に使うことばであるという意識を持つ人が少なくありません。日本語学者の大野晋氏(1919~2008)は、1990年代にNHKのラジオ番組に出演した際、昭和20年代から30年代のころの学習院大学の話として、女子学生から「お手」は犬の場合に使い、人に対しては「おみおて」と言いますとの指摘を受けた、というエピソードを披露していました。学習院女子部(学習院の女子中等科・高等科)から進学し、1970年に学習院大学を卒業したMさんによると、その時代(昭和40年代)には、一部の先生が「おみおて」を使い、生徒自身は使うことがなかったそうです。1964年に学習院女子高等科を卒業したSさんは、女子部の同期会(2023年11月)で何人かの人に尋ねて、「手をお出しください」という人と「お手をお出しください」という人とがいることを確かめてきてくださいました。「おみおて」の使われなくなっていく様子の一端がうかがえます注2
 「足」は「おみ足が悪い方」などと使う際、くるぶしから先という狭い意味ではなく、ももから下の全体を指して丁寧な言い方をしています。一方、「手」の場合、「手が悪い」では体のこととは別の意味になります。また、「足をもむ」意で「おみあしをおもみする」とはなりますが、「手をもむ」は腕全体の意味では言いにくく、言うとすれば「肩をおもみします」でしょう(手首から先に限定して「てもみ」などという表現が用いられることはあります)。「おみあし」が辞書に載る一般的なことばであるのに対し、「おみおて」を載せる辞書が見当たらないのは、こういった事情にもよることでしょう。

注1  石黒(2021、p.96)には、幼児語であり美化語である例として「お口」「おめめ」「お鼻」「お耳」「おのど」「おてて」「おへそ」「おひざ」が挙がっています。本文に記したIさんによれば、「お首」「お指」なども、幼稚園・保育園の先生が小さな子どもに話しかけるときに使うとのことです(親などが主体になることもあるでしょう)。このコラムでは、「おめめ」など、主に要素の繰り返しが見られるものを幼児語として扱っておきます。

注2  1967年に学習院大学を卒業したIさんによれば、学習院女子部の人たちの間では、「お手洗い」を略して「お手(に行ってくる)」と言っていたそうです。アクセントは、「お手を拝借」の「お手」はオテ ̄(平板)であり、犬に対する「お手」はオテ\(尾高)となるのに対し、「お手洗い」の意味の「お手」は、オ\テ(頭高)となるそうです(Iさんとその友人およびSさんとその友人から得られた情報です。IさんとSさんは筆者の知人です)。

参考文献
石黒圭(2021)「語彙」『日本語学入門 第2刷』放送大学教育振興会
NHK放送文化研究所(2022)『NHKことばのハンドブック 第2版 第20刷』NHK出版
高見沢潤子(1996)『のらくろひとりぼっち』光文社
三宅武郎(1944)『現代敬語法』日本語教育振興会

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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