日本語クリニック

 かな文字の「かな」について、その語形とアクセントと表記を検討します。筆者は、「かな」「ひらがな」のように、「かな」をひらがなで書きます。これは、『NHK漢字表記辞典』(以下『NHK』)という辞書に従った書き方です。NHKの放送の表記として、かな書きが採用されているのは、戦後に出されたNHKの用字用語辞典では、基本的に当て字は使わないようにしているからであり、たとえば「ことば」は「①ことば ②言葉」(①が優先的な表記、②が第2表記)というように定めています。「かな」の場合は「仮名」と書くと、「かめい」「かりな」などとの区別がつけにくくなることも、かな書きを選ぶ要因となります。
 『NHK』では、「①かな ②仮名」「①ひらがな ②平仮名」「①かたかな ②片仮名」とするのに対し、世の中では、「かたかな」については、「カタカナ」という表記をよく見かけます。まず、語形とアクセントについて考え、そのあと、「カタカナ」の表記について考察することとします。

語形のこと

 まず語形に関して、単独の「かな」と「かな書き」「かな文字」など「かな+X」という構成の語の場合は問題がありませんが、「X+かな」の構成の場合は、連濁が生じ、「送りがな」「草がな」「ひらがな」「ふりがな(振りがな)」「変体がな」「万葉がな」といった語形となります。しかし例外的に「かたかな」のみは、連濁が起こっていません。「かたかな」は、「かたかんな」の転じたものとされるのに対し、「ひらがな」などには、「~かんな」から転じたという過程が想定されないことなどに要因があるのかもしれませんが、ひとまず、ここでは現代の問題として、「かたかな」を「かたがな」と言ったり、どちらが正しいのか迷ったりする人がいることを指摘しておきます。ほかの語、特に「ひらがな」が連濁していることから、「かたかな」もそれと同じではないかという類推が働くようです。このような問題が生じることは、「常用漢字表」(1981)の「付表」で「仮名」という当て字表記を認める際には想定されていなかったのかもしれません。

アクセントのこと

 『新明解日本語アクセント辞典 第2版』によると、「X+かな」の語のアクセントは、次のようになります。記号は、パソコンで表示しやすいものに調整してあります(『NHK日本語発音アクセント新辞典』と同じ方式です)。鼻濁音は示しません。

オクリガナ ̄(平板)、オクリ\ガナ ソーガナ ̄ ヒラガ\ナ、ヒラガナ ̄(古は ヒラガナ\) フリガナ ̄、フリガ\ナ ヘンタイガナ ̄、ヘンタ\イガナ マンヨーガナ ̄、マンヨ\ーガナ ※「古」は、「古く」の意(筆者注)


 「かたかな」は、カタ\カナ、カタカ\ナとされます。『新選国語辞典 第10版』には、「ひらがな」「かたかな」は、ヒラガ\ナ、カタカ\ナのアクセントのみが示されています。このように「が(か)」の後ろで音が下がる形が「ひらがな」「かたかな」で安定し、その影響を受けて勢いを増していると思われるのが、オクリガ\ナ、ヘンタイガ\ナ、マンヨーガ\ナというアクセントであり(「草がな」のソーガ\ナは、まだ聞いたことがありません)、「が」の後ろで下げるアクセントで統一感が出ます。いずれ辞書にも載る可能性があると予想します。

表記のこと

 まず東京書籍の『教科書表記の基準 2021年版』を見ると、「ひらがな」「かたかな」は「平仮名」「片仮名」と書き、「平がな」「片かな」は避けるとの注記が載ります。共同通信の『記者ハンドブック 第14版』では、「かな」の項目に「平仮名」「片仮名」が載り、「「かな書家」など、書道では平仮名書きが多い」との注記を添えています。
 次に国語辞典の扱いを見ます。標準表記(多くは【 】の中に示される、その辞書が標準的であると見なす表記のこと)として「平仮名」「片仮名」のみを掲げ、かな書きについて言及していないものには、『岩波国語辞典 第8版』『旺文社国語辞典 第11版』『学研現代新国語辞典 改訂第6版』『角川必携国語辞典 第14版』『現代国語例解辞典 第5版』『集英社国語辞典 第3版』『新選国語辞典 第10版』『新潮現代国語辞典 第2版』『新明解国語辞典 第8版』『デジタル大辞泉 アプリ版』『大辞林 第4版』『明鏡国語辞典 第3版』といった辞書があります。一方、『三省堂国語辞典 第8版』(『三国』)の「ひらがな」の項目には「(平仮名)」と示してあり、丸かっこ( )は「この辞書のきまり」で「漢字で書くこともできるが、見出しの仮名のとおりに書く場合も多いこと」を示すとのことです。つまり、「平仮名」でも「ひらがな」でもよいという指示です。「かたかな」は、「片(仮名)・カタカナ」とあり、「片仮名」に加え、「かたかな」ではなく「片かな」の選択肢があることと「カタカナ」の選択肢があることが示されています。『三省堂現代新国語辞典 第5版』では「平がな・平仮名」と「片かな・片仮名」を標準表記欄に示し「俗に「カタカナ」と書かれることも多い」という注記を添えています。『例解新国語辞典 第10版』では「平仮名」と「片仮名」を標準として掲げ、参考情報に「「カタカナ」と書くことも多い」と記しています。いくつもの書き方があることを見ると、「平仮名」「片仮名」のみにしておくほうがよいようにも思えてきます。
 『三国』の扱いからすると、「平仮名・カタカナ」であるとか、「平仮名・片かな」の組み合わせもあるように感じられますが、実際には、「平仮名」を選べば他方は「片仮名」にし、「ひらがな」を選べば他方は「カタカナ」にするといった書き手が想定されているのでしょう。以下では、漢字を用いた選択肢は除外し、かな書きのパターンのみを検討します。組み合わせとしては、次の四つが考えられます。

A
ひらがな・かたかな(当て字の漢字表記をさける方式)
B
ひらがな・カタカナ(文字自体がその文字種で書かれる方式)
C
ヒラガナ・カタカナ(名詞はカタカナ表記を基本とする方式)
D
ヒラガナ・かたかな(文字自体がその文字種で書かれない方式)

 NHKで優先的に採用するのがAの方式です。Bがここで特に問題とする方式であり、現実にはよく見られるものです。「ひらがな(カタカナ)」とは何かという疑問に対して、「ひらがな(カタカナ)」とは「あなたが今、目にしている文字の種類がひらがな(カタカナ)ですよ」と文字自身が語りかけてくる、というのがBのカッコ内に示したことの意味です。「かたかな」を「カタカナ」と書くことの大きな意義は、ここにあると筆者は考えます。パソコンのキーボードには「変換」キーの右側に「カタカナ」「ひらがな」「ローマ字」というふうに上下に並べて書いてありますが、ここに「かたかな」「ひらがな」とあるよりも、「カタカナ」とあるほうが、文字の特徴が直感的にわかりやすいと、キーボードをデザインした人が感じたのではないかと想像します。Dの「ヒラガナ・かたかな」という方式を選ぶ人が一般的ではないことからも、上記の説が裏づけられそうです。Dは、直感的にアンバランスだと感じるはずです。
 筆者個人としては、C方式でもよいと思いますが、無難な方法ということでBを選び、単独で使う場合の「かな」は、名詞であることを明示するために「カナ」と書こうかと考え込んでいます。一般的な表記ではないため、「カナ」と書くことにためらいを覚えていたところ、養老孟司氏の『養老孟司の人生論』(PHP文庫)に「カナができ」「カナを作った」といった使用例を見いだし、勇気づけられた気がしています。
 最後に「ひらがな」「カタカナ」のキーボードの図を示します。これは、1978年に東芝から発表された日本初の日本語ワードプロセッサーJW-10のキーボードです。2024年1月16日に川崎市の東芝未来科学館を訪れ、「ひらがな」「カタカナ」という表記が行われていることを確かめました。約半世紀にわたり、日本語を使う人が「ひらがな」「カタカナ」の組み合わせをワープロ、パソコンを通じて見慣れてきたことがうかがえます。

図:東芝のJW-10(画像提供:東芝未来科学館)

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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