日本語クリニック

 「ありか」「かくれが」「すみか」の表記を検討します。以下に示すように、国語辞典や用字用語辞典における、これらの語の表記の扱いは一様ではありません。その理由を明らかにします。

 「ありか」「すみか」の「か」と「かくれが」の「が」は、いずれも場所を表す和語です。『岩波国語辞典 第8版』(以下『岩国』と略記、2019年の刊行)では、「か」を「その動作・作用の行われる場所。「住み―」「あり―」「奥―」▽「奥が」「隠れが」のように濁ることがある」と説明しています。そうすると、「住み家」のように書くのは当て字表記(本来の漢字の意味・用法から外れる使い方)ということになるでしょうか。漢語の「家族」や「一家」の「家」に「か」という音読みがあるということとは事情が異なるからです。この点について、国語辞典でどのように扱っているのかを確認するために『現代国語例解辞典 第5版』(『現国例』、2016)、『学研現代新国語辞典 改訂第6版』(『学研』、2017)、『大辞林 第4版』(『大辞林』、2019)、『岩国』、『新明解国語辞典 第8版』(『新明解』、2020)、『明鏡国語辞典 第3版』(『明鏡』、2021)、『三省堂国語辞典 第8版』(『三国』、2022)、『新選国語辞典 第10版』(『新選』、2022)を使いました。

 その結果わかったことは、①「住み家」を当て字表記であると明記する辞書とそうでない辞書とがあること(『学研』『岩国』『新明解』『明鏡』『三国』は明記)、②「住み家」を表内音訓(「常用漢字表」で認められている音訓)とする辞書と表外音訓(同表で認められていない音訓)とする辞書とがあること(「住み家」を表外音訓であると明記するのは『新選』のみです。『岩国』『新明解』は「住家」と書くのが当て字であると説明していますが、では「住家」と「常用漢字表」の範囲で書けるのかどうかという点になると、それについての説明は「はっきり」とは書かれていないので、辞書の利用者にとって不明な点が残ります)、③「隠れ家」について「住み家」と同様の説明をする辞書がないこと、といったことが挙げられます。「ありか」に「あり家」がないのは、「ありか」に「家(いえ)」に限定した意味で使う用法がないからです。「かくれが」「すみか」の場合、「家」の意味で使うことがあり、その場合に「隠れ家」「住み家」という表記が好まれます。

 国語辞典を参考にするかぎり、最終的な判断は書き手に任されますが、新聞や放送では、あらかじめ記者やアナウンサーが迷うことのないよう、優先する表記を決めておく必要があります。以下の表は、『NHK漢字表記辞典』(『NHK』、2011)、『読売新聞 用字用語の手引 第6版』(『読売』、2020)、『記者ハンドブック 第14版』(共同通信の辞書ということで『共同』を略称に用います、2022)、『新聞用語集 2022年版』(『新聞』、2022)を用いて作成したものです。

表 マスメディアの用字用語辞典における3語の表記
ありか かくれが すみか
NHK 在りか〔▲処〕 隠れが〔▲処・▲家〕 住みか〔×栖・×棲家・▲処〕
読売 在りか (隠れ■処)→隠れ家 (●栖、●棲み■処)→すみか(動物など)、住み家(人)
共同 「在りか」とも☆ (隠れ●処)→隠れ家・隠れが (△棲み●処、住み家)→すみか
新聞 「在りか」とも☆ (隠れ●処)→隠れ家・隠れが (△棲み●処)→すみか・住み家
※『共同』『新聞』に☆をつけたのは、双方ともに「ある」という動詞はかな書きを基本とするものの、「有無」などを強調したいときに「在りか」のような漢字表記でもよいという説明があることを示すためです。原則としては「ありか」と書くものと見なせます。たとえば『共同』に「在りか」は「漢字でもよい」とありますから、当然「漢字ではない」のが基本であると読めます。

 表の中で使われている記号について説明します。▲、■、●(共同、新聞)は、その書き方が表外音訓を用いたものであることを表し、一方、×、●(読売)、△は表外字を表します。表外字とは「常用漢字表」で認められていない字のことです。

 表からは、動詞の「ある」がかな書きされやすいことから考えて「ありか」とするか、語頭のみを漢字で書いて「在りか」とするかという点で表記のゆれがあることがわかります。また、「隠れ家」「住み家」を認めて、その書き方を選択肢の一つとするか、「か・が」をかな書きで統一するかという点にもゆれが見られます。ここまで述べてきたことを踏まえて、どうして表記のゆれが生じるのかについて要点を整理します。

「か・が」は場所を表す和語であり、「住む」の「住み」など動詞の連用形と結びつく。
「家」の字音に「か」があり、甲の「か」と同音である(「が」は連濁による)。
「か」という音(おと)を持つ「家」の字で、同音の和語「か」を当て字として書く慣用がある。
音読みの「か」を利用して同じ音(おと)の和語「か」を「家」を使って書くことについて、表内音訓の範囲の事柄であると判断する立場と表内音訓ではないと見なす立場とがある。その立場によって、「隠れ家」「住み家」を標準表記と認めるかいなかが異なる。

 以上が種々の辞書において、表記の統一的な扱いが行われないことの事情説明となります。ちなみに東京書籍の『教科書表記の基準 2021年版』では「ありか」「隠れ家」「住みか」をそれぞれの標準表記として採用しています。

 いっそのこと、「ありか」「かくれが」「すみか」で統一してもよいように思いますが、現状としては、かな書きの定着の度合いがそれぞれ異なります。動詞がかな書きされやすく、「家」の意味を持たない「ありか」は、熟語全体としてかな書きが選びやすいのに対し、動詞「隠れる」「住む」が漢字で書かれやすく、また、熟語として「家」の意味を持つ「かくれが」「すみか」については、「隠れ家」「住み家」といった書き方を選びたくなるようです。「隠れが」「住みか」と書くと、「が」「か」が場所の意味の要素に見えず、助詞か何かのように見えてしまい、全体として一つの熟語という感じが出ないといった意識がその背景にあるのでしょう。

 「隠れが」「住みか」よりも、「かくれが」「すみか」というように全体をかな書きしたほうが(一つ一つのかなを注意深く読んで切れ目を探すことにより)一つの熟語として捉えやすくなりますが、先に記したように、「かくれ」「すみ」の部分には漢字を使いたいという意識が働きますので、実際には、なかなか「かくれが」「すみか」という表記は行われません。

 当て字について、「常用漢字表」の中で網羅的に扱われる日が来ることを期待したいところです。

『新選国語辞典 第10版』の「この辞典に収録した語の内訳」では「和語」を「大和言葉(やまとことば)とも呼ばれる。長い年月にわたり、私たちの祖先が語り継いできて、現代日本語の基本となっていることば」と説明しています。一方「漢語」は「近代以前に中国から入り、漢字を中国ふうに読む(音読する)ことば」と説明します。

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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