上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 昨年から美容に興味を持つようになり、定期的にエステサロンに通っています。全身をピカピカに磨き上げてもらい、いつも晴れやかな気持ちでサロンを後にするのですが、実は一つだけモヤモヤした気持ちになっていることがあります。

 背面のマッサージを終え、からだに塗ったオイルを拭き取る際のこと。エステティシャンのお姉さんから放たれた一言に、飛び起きそうになりました。

をお拭き取りいたします

お、おうなじ!? 御うなじ!? 初めて聞いたときの衝撃といったら、それはもう大きなものでした。「おうなじ」が頭の中をループして、その後の施術に集中できなかったほどです。

 相手を敬っていることを表現するとき、その体や部位にも接頭語の「お(御)」をつけますよね。「おからだ」「お顔」「お肌」「お背中」は、言うことも言われることも、日常的に多いのではないでしょうか。しかし、「お肌」については、自分に対しても使っている人が多い傾向にあります。「お肌のお手入れ」は、その代表例です。おそらく「お茶」や「お箸」のように、日常生活で身近にあるものに対して親しみを込めたり、丁寧に呼んだりするのと同じ感覚なのだと思われます。TwitterなどのSNSで検索すると、「最近、お肌の調子がいい♡」「お肌に悪いから(早く)寝なくちゃ!」といったような投稿がたくさんありました。かく言う私は、自分に対して「お肌」とは言わないようにしています。「丁寧語」よりも「尊敬語」の意味合いが強いように感じているからです。

 からだの部位ではありませんが、「お仕事」も同様のものと捉え、使っていません。アナウンサー時代、コラムの原稿の最後に「お仕事、がんばります!」という一文を書いたところ、部長におこ……指摘されたことがあります。「自分の仕事に“お”をつけるのはおかしい! 自分はそんなに偉い仕事をしているのか?」というのが、その理由。「確かに……!」と納得し、考えて使うようになりました。仕事は「いただいているもの」と言う意識が強いためでしょうか。特に芸能界の人は当たり前のように使っているので、インタビューやSNSなどを見るときに意識してみてください。

 「髪」と「足」の尊敬語である「御髪(みぐし・おぐし)」と「御御足(おみあし)」については、使うシーンが限られているように思います。美容院で「御髪はどのようにいたしましょうか?」と言われたら、「江戸のお姫さまのようにされてしまうかもしれない!」と構えてしまうかもしれません。「御御足」も「私の足、そんな高貴なものじゃないです!」と気恥ずかしくなってしまうでしょう。もちろん、このような素敵な言葉をサラッと使える大人になりたいとは思いますが、いずれも日常生活で触れる機会はあまりないのが現状です。そのような言葉が飛び交う場所に行ってみたいものですが、私の人生ではご縁がなさそう……。ちなみに、足を「お足」と言わないのはなぜか、ご存じですか? 「お足」は「お金」を意味する言葉だからです。足が生えているかのようにすぐになくなってしまうことが由来だそうで、国語辞典にも載っています。

 それでは、本題に戻りましょう。 に「御」をつけるべきか。そもそも を丁寧に扱われる機会は日常生活において滅多にないため、「おうなじ」は耳慣れない言葉であると言えます。帰宅後、夫にこの「おうなじ」の話をしたところ、「それだけ綺麗な だって言われたと思えばいいんじゃない?」と返ってきました。うーん、なんだか悪い気はしないなぁ。調子に乗せられてしまったものの、やはりエステに行くたびに気になる「おうなじ」なのでした。

 敬語表現で難しいのが、丁寧すぎても相手に失礼な印象や違和感を与えたりすることがあるところ。なんでもかんでも「お」をつければいいものではないから難しい。「とりあえず」ではなく、相手がどのように感じるのかを考えたうえで、TPOに合わせて使いたいものです。

それでは最後にもう一度。 に「御」をつけるべきか。あたなはどう思いますか?

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。