『論語』 公冶 長 より。自分より年齢・地位の低い者に対して、物事を尋ねたり、教えを乞うことを恥ずかしいと思わないこと。頭脳明晰で向学心に富む 衛 の大夫、 孔圉 はこのため「文」の 諡 を得て孔文子と呼ばれた。
同僚によれば、当方には卓越した経済センスがあるらしい。
例えば、学生時代、G・Wや歳末は必ず単発のバイトを入れていた。人出が増す時期は常よりサービスの質が低下し、そのくせ費用は数割増しになるのが相場だ。ならば猫の手も借りたい供給側に、常より色をつけた賃金で雇われる方が得策に違いない。至極当然の道理に思われるが、この考えが経済学の本質を捉えているという。
経済の本質は知らぬが、彼氏なる生き物の特徴は人にものを尋ねたがらぬことにあると見つけた。ある年のG・W、観光地の交通整理員を務めた際、少なからぬカップルが路上に掲示された周辺案内図の前で立ち止まり、ただでさえ狭い歩道を塞いでいた。
ほどなく「もうあの人に聞こうよ」と当方を指し示すのは必ず彼女。対する彼氏は大多数がそれに従わず、スマホと案内図を交互に睨み続けている。そんな彼氏を見捨てて聞きに来る者、言外の動作を駆使して翻意を促す者、
端
から究明に参加する意思のない者、彼女側の反応は多様性に富むが、彼氏の方は判で押したように自助一辺倒だ。不評の政権でさえ、「自助、共助、公助の順」と言っていたものを。
かく申す当方、利に聡いわりに数学は中高一貫して不成績であった。 己 が数学センスに欠けることは承知しているので、講義中に計算の必要が生じた折は学生に協力を求めることにしている。
「日本人口が約1億2千万で、18才までの人口がだいたい1,800万だからざっくり2千万。2千万÷1億2千万は0.016でいいですか?」
誰も異を唱えないので、その前提のもと講義を進めた。誤りに気付いたのは講堂から控室に戻った後である。
「経済学部の学生なのに、だいぶ遺憾な数学力ですな」
軽蔑の色を隠さない同僚にはそう 嘯 いておいたが、あの彼氏連の対応は正しかったようだ。半可通に教えを乞えば碌なことにならない。当該の観光地を訪れるのは、当方もまたその日が初めてだったのである。
香山 幸哉(かやま ゆきや)
日本語検定公認講師
専攻は歴史学。文学修士(慶應義塾大学)。2017年から日本語検定公認講師。
高校教員(国語科)を経て、現在は複数の私大で日本語、文章指導の講義を行う。