上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 4月以降、有観客のイベントへの出演が増加しています。と書き始めた今も、某トークイベントへのゲスト出演オファーのメールが届きました。すごいタイミング! ありがたいことに、半年先までイベント出演の予定が入っています。お客さんと直接会うことができるイベントは大好きな仕事の一つなので、今から楽しみで仕方がありません。改めて、コロナ禍により止まっていた時が、一気に動き出したことを実感しています。

 イベントは、まさに”生もの”。 出演者・スタッフはもちろんのこと、お客さんと一緒に作り上げるものであると思っています。お客さんの表情やリアクション、会場の雰囲気を見ながら、「こっちの話のほうが良さそうかな?」「話し方や使う言葉を変えてみようかな?」と方向転換してみたり、間やハプニングを楽しんだり。もちろん台本もありますが、ガイド程度にとどめるようにしています。目の前で起きていることを大切にしないだなんて、もったいない! そんなふうに心から自由に楽しめるようになったのは、ここ数年のことかもしれません。

 今だから言えますが、駆け出しの頃、人前に直接出る仕事は大がつくほど苦手でした(カメラの前に立つのも、同じくらい苦手でしたが……)。ドキドキを超えて、バクバク高鳴る心臓。手のひらからは、滴り落ちるくらいの汗が吹き出て、破れた台本は数知れず。暗記しようと一生懸命練習するも、本番では頭が真っ白になって、言葉がうまく出て来ずカミカミ。目の前にいるお客さんではなく、台本を凝視してばかりでした。あるイベントの前説では、数千人のお客さんが見守る中、ドームの中央で大の字に転んだこともありました。恥ずかしい失敗の連続で、ため息と涙が出る帰り道。そうなんです。「うまくやらなくちゃ!」「失敗しないようにしなくちゃ!」と自分のことで精一杯。お客さんのことを考える余裕が、まったくなかったのです。

 ある映画の舞台挨拶で、年次が一回り上の先輩アナウンサーと一緒に司会を担当したことがありました。俳優のみなさんのトークパートが終わり、フォトセッションに移るときのこと。マスコミ向けの撮影で、観客が撮影することは基本的に許可されていないため、準備の間にアナウンスをするのですが、「しないでください」という強めのお願いは、文言やトーンが本当に難しい。受け手が不快な気持ちにならないよう、細心の注意を払います。そんなな中、先輩は次のようにアナウンスしました。

 「このあと、準備が整い次第、マスコミ向けのフォトセッションに移ります。尚、写真撮影や録画は、禁止とさせていただきます。どうか、カメラではなく、みなさまの心の中にあるシャッターをお切りください

 その瞬間、客席からは笑みがこぼれ、会場にやわらかな空気が流れました。写真を撮ることで瞬間を切り取るように、思い出として大切にしてほしい。その思いは確かに届いたようで、お客さんたちはフォトセッションに臨む俳優のみなさんの笑顔を、しっかりと胸に焼き付けているようでした。

 この舞台挨拶をきっかけに、イベントの仕事への恐れがなくなりました。お客さんたちは楽しむために来ているのに、一人で空回りしていたことに気づいたからです。人に楽しんでもらうためには、自分が楽しむことも大切。準備の仕方や台本との向き合い方、ことばの届け方が大きく変化し、緊張も含めて心から楽しめるようになりました。ちなみに、「“心のシャッター”、私も使わせてもらっていいですか?」とちゃっかり許可も取り、まるで自分の言葉であるかのように話しています。先輩、ありがとうございます!

 夏休みに向けて、ますますイベントも増えてくると思います。関係者のみなさま、出演オファーをお待ちしております! と、さりげな〜く宣伝して、今回のコラムを締めくくります。いつか日本語検定のイベントもできるといいなぁ。

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。