上田まりえ「ことばのキャッチボール」

ねぇねぇ、まりえちゃん。1時間弱って、何分だと思う?

 今年の夏頃、同い年の友人と夕食を共にしていたときのことです。突然、このような質問をされました。

う〜ん、大体50分から59分くらいかな? 1時間未満だし

やっぱりそうだよねぇ。なんかさ、今の若い子って、“1時間とちょっと”だって思ってるらしいよ


えっ!? それって1時間強じゃん!!


ね。若い子と待ち合わせするの、緊張しちゃうよね


 こんな会話をしながら、イタリアンレストランのカウンターで赤ワインを飲む、1986(昭和61)年生まれ37歳の女二人。いつからか「若い子」という単語は、とても遠くて新しい存在になりました。

 この「弱」と「強」の世代間の溝。今年、あるラジオ番組やSNSで話題になったことで、ご存知の方もいらっしゃるのでは?NHK放送文化研究所のウエブサイトでもこの話題を取り上げています(https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20171001_3.html)。 知っていないと、相手との関係に深〜い溝ができてしまうかもしれません。

 件のイタリアンレストランには、19歳のアルバイトの男の子がいます。彼に「1時間弱は何分か」聞いてみたことろ、「そうっすね……1時間ちょいですね」という答えが返ってきました。彼曰く「1時間ちょいは、1時間10分くらい」とのこと。つまり、私と彼が待ち合わせをしたら、50分と70分で最大20分も待たされる恐れがあるのです!

 話を深掘りしてみると、どうやら、家電製品などに表示されている「切・弱・中・強」から、「弱=ちょっと+」という意味として捉えているようでした。まさか、そこからきているとは……!

言葉は、時代とともに変化するものである


適切な言葉(基準となる言葉)を知ることは、より良いコミュニケーションのために必要である

 このコラムでも何度も書いていることですが、まさにこれらを実感する出来事ではないでしょうか。私たちの感覚からすると、若い子が間違っているように思いますが、若い子たちからすると、私たちのほうが間違っているように感じているかもしれない。おそらく、これまでに変化を遂げた言葉も、間違いや勘違いがきっかけになり、時間をかけることで変わってきたのだと思います。18年という歳の差が、このような感覚の違いを生むとは……きっとこれから先の人生でも、さまざまな言葉の変化や感覚の違いを感じて生きていくのでしょう。

 何杯目かの赤ワインのグラスが空になった頃、厨房での作業をしていたシェフ(42歳)が一段落し、私たちの会話に入ってきました。

“弱”といえばさ、子どもの頃に『アルプス一万尺』を『アルプス一万弱』だと思っててさ。アルプスの山は、9800〜9900くらいの高さなのかって思っていたんだよねぇ

 ……おあとがよろしいようで。

追伸1  SNSを検索してみたら、「アルプス一万弱」と表記している人がたくさんいました。ちなみに、「1尺=30.3cm」なので、「1万尺=3030m」です。

追伸2  本年も、本コラムをご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。どうぞ、良いお年をお迎えください!

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。