上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 今年の夏の暑さは、ここ数年の中でも際立っているように思います。日が暮れても暑さが落ち着くことがないので、本当に滅入りますよね。先日の夜、夫と散歩をしている途中、某アイスクリームチェーン店に立ち寄りました。「暑いし、疲れたし、甘いものを食べて癒されよう!」と、アイスクリームをテイクアウトすることに。会計を済ませ、店員さんがカップにアイスクリームを詰めている間、しばし待っていました。ショーケースにずらっと並んだカラフルなアイスクリームを前にすると、いくつになっても心が躍るもの。自然とニコニコ笑顔になっちゃいますよね。すると、18歳前後と思われる男性店員から、「お客様!」と声をかけられました。

お袋はいりますか?

 このとき、私たち夫婦は即座に顔を見合わせ、一瞬フリーズ。「あっ、袋に入れてください! お願いします」と返事をして、無事にアイスクリームの入った袋を受け取りました。店から出て少し歩いたところで、夫と再び顔を見合わせ、大笑い! 「袋に“お”をつけると、お母さんになっちゃうよね!」「私は森進一の歌声が、頭の中で聞こえてきたよ!」なんて会話をしながら、帰宅しました。

 おそらく、まだアルバイト歴の浅い店員さんだったのだと思います。一生懸命、丁寧に接客しようと思った結果の「お袋」だったのでしょう。お店で接客を受けるとき、いわゆる「バイト敬語」には数多触れてきましたが、袋に「お」をつける人に遭遇したしたのは初めてのことでした。お店の先輩たちが、彼に「袋には“お”をつけなくていいよ」と教えてあげていることを切に願います。

 以前、このコラムで、エステの施術中にエステティシャンのお姉さんから「おうなじ」と言われて戸惑ったときの話を書きました。※(07)「うなじに『御』をつけるべきか。」参照 ネイルサロンでは、いつも「“お爪”の“お形”と“お色”は、どうしますか?」と聞かれます。そのほか、女性特有のものだと、「お胸」。病院やエステサロン、下着店などをはじめ、女性が女性の胸を指すときに使っているイメージです。私は「お胸」という響きになんとなく気恥ずかしさを覚えて、「胸」や「バスト」と言いますが……。丁寧さや親しみやすさ、また、上品さや可愛らしさのようなものを表現するのに、「お」をつける人が多くいるのでしょう。「御」の多用にいささかの戸惑いを覚える私としては、「尊敬語・謙譲語・丁寧語・美化語」それぞれの使われ方をきちんと理解したうえで、より適切に、そして素敵に、「御」を使いたいものだと思いました。

 ところで、昨年度第2回日本語検定3級の長文問題に、次のような一節がありました。

 「例えば、『おふくろの味』という言葉。私たちは、家庭的な温もりを感じさせる料理のことを、それが『おふくろ』でない誰かが作ったものであったとしても、しばしばそう言い表す。この定型句における『おふくろ(母親)』は家庭の温もりの象徴であり、『家事や育児は女性の役割』というジェンダーロールを背景に成り立つ表現なのである。」

 「ジェンダーロール」とは、性別による社会的役割分担に対する固定観念のこと。そういった古めかしさを感じさせる言葉だからでしょうか、最近の若い人が母親(的なもの)を「お袋」と呼ぶことは、ほとんどなくなったように思います。言葉は世相により移り変わるもの。もしかしたら、当の店員さんにすれば「お袋=お母さん」と伝わってしまうことがむしろ「びっくり!」なのかもしれません。

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。