上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 年末年始を慌ただしく過ごし、あっという間に2月も半ばに突入しました。みなさま、お久しぶりです! 2024年初めてのコラムになってしまいました。「反省だけならサルでもできる」という懐かしのCMのフレーズがふと頭に浮かんでくるあたり、歳だけは順調に重ねていることを実感します。今年もこんなペースの更新になってしまうかもしれませんが、どうかお付き合いくださいませ。

 そして、もう一つ。この場を借りて、反省させてもらいたいことがあります。元アナウンサーとして、言葉を伝えることを生業とする者として、日本語検定委員会審議委員として、私は日頃から「自分の使っている言葉が適切かどうか、疑問を持ちましょう! 思い込み注意!」と声高に提言してまいりました。しかしながら、何の疑問を持つことなく、誤った用法で使用している言葉があることに気づき、とても反省しています。それは、「いつぶり」という表現です。

 気づいたのは、半年ほど前。高校時代からの友人の「最近、“いつぶり”って表現が気になって仕方がないんだよねぇ」という一言がきっかけでした。リラックスモードから一転、「うわっ、私、使ってる……!!」と、本当に冷や汗をかきました! いつから使っているのか記憶にないくらい、少なくとも この数年は使っていたことは確かです。YouTube『上原浩治の雑談魂』をはじめ、私が進行役を担当している番組では、出演者のプロ野球OBや選手のみなさんが会話をするものが多く、「最後に会ったのはいつ?」というアイドリングトークから始めるのがテッパンの流れ。雑談魂でゲストを呼ぶようになってから3年は経っているし、一度投稿された動画は基本的に消えることはないし……本当にお恥ずかしい限りです。その日以来、仕事でも、プライベートでも、意識するようになりました。「お二人が会うのは、いつぶ……いつ以来ですか?」と言い直している様子も動画に残っています。数か月かかって、ようやく自然に言葉が出てくるようになりました。長年、無意識に使っていて染み付いている言葉だからこそ、変えるのは根気がいる作業ですが、気づいたときが第一歩。「気づく→意識する→変える→変わる」というステップを踏んで、より適切な言葉を自分の中に定着させていきたいです。

 そもそも「ぶり(振り)」は、時間を表す語につき、それだけの時間が経過していることを表す語。「久しぶり」や「しばらくぶり」、「1年ぶり」などといったものが、主な用法です。さまざまな辞書を調べてみた中で、明鏡国語辞典第二版では、このような注意書きがありました。

注意

「大学二年ぶりの再会」など、「ぶり」の前に<物事の始点>がくる言い方は誤り。「ぶり」の前には<経過した時間>がくる。

2021年に改定された第三版では、下記が追加されていました。

注意

また、「先生に会うのはいつぶり?」など、時を尋ねるのに「いつぶり」と言うのも誤り。正しくは、「何年ぶり」「いつ以来」。

第二版の初版は2011年ですので、この10年の間に追記しなければならないほど誤用が増えてきているということが伺えます。ちなみに、「いつぶり」という表現が使われるようになったのは、1980年代頃からのようです。

 「いつぶり」を封印するように努める中で、少しだけ困ったことがありました。それは、「いつぶり」で表現していたニュアンスを、他の言い方で表すことが難しいということです。トークバラエティやざっくばらんな会話の中では「いつ以来」だと少し堅苦しい雰囲気になってしまう気がして、会話のトーンからその部分だけ言葉が浮いてしまうような感覚になりました。だったら具体的に「何年ぶり」「何か月ぶり」と聞けばいいのではないかと思われるかもしれませんが、この「何年ぶり」と「何か月ぶり」の使い分けが、自分が主語ではない場合に意外と難しいんです。司会の仕事をする際、出演者同士の関係性を推測して、「年」なのか「月」なのか、聞きたい会話の内容や持っていきたい雰囲気にフィットする方を選んで使い分けています。うまく説明しづらいのですが、時間や関係性にバイアスをかけるようなことが生まれる場合があるので、あえて広くざっくりと聞きたいときに「いつぶり」という言葉が便利だったのだと気づきました。やわらかさや気軽さがあり、限定的ではなく広い意味で使いやすいことから、「いつぶり」を便利に感じていたのでしょう。なぜ「いつぶり」という表現が巷で使われるようになったのか、わかったような気がしました。結局のところ、「最後に会ったのはいつですか?」や「どれくらい会っていないのですか?」いう表現に落ち着きましたが、「いつぶり」が完全に封印される日、すなわち、無意識に使わなくなる日は、まだもう少し先になりそうです。

 このコラムを書いている今、X(旧ツイッター)で「いつぶり」と検索してみたところ、1時間で50近くもの投稿がありました。前日に関東で大雪となったため、「いつぶりの雪だろう?」「いつぶりに積もったんだろう?」といった内容が大半を占めています。目に自然と入る言葉、耳に自然と入る言葉は、いつの間にか自分の言葉になり、それがさらに人の言葉にもなっていくもの。現時点で、俗語として使用例が掲載されている辞書もありますが、いつの日か「いつぶり」が当たり前に使われる語として定着するかもしれません。そのとき、また反省するのだと思います。

 そうそう、冒頭に書いた「反省だけならサルでもできる」を、ことわざだと思っている人が多くいるようです。元々はCMのコピーだったのに、ことわざのように使われている事例って、あるのかしら!?

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライター、講師など、幅広く活動中。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。2021年には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。