上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 7月から目まぐるしい毎日を過ごしており、深く呼吸することを忘れているような感覚で駆け抜けた4か月でした。あるとき、急にぽんっと数日スケジュールが空いたので、「そうだ、韓国行こう!」と思い切って行ってみたところ、これが思った以上にいい気分転換になるではありませんか! まず、なんといっても魅力なのが、たった2時間半ほどで行ける距離の近さ。そして、近いけれど、海外に行ったという感覚がしっかりと得られること。人目を気にせず、心の赴くままに過ごすことができて、気持ちの切り替えとパワーチャージが一気に完了します。食事も美味しいし、ビールや焼酎など、韓国ならではのお酒も豊富なのも最高! そんなこんなで、最近、2週間に1度のペースで韓国に行っています。「行きすぎでしょっ!」と、自分自身にツッコミを入れたくなるほどではありますが、私にとって必要で大切な時間になっています。

 そんな中、10月のソウルで、とても素敵な出会いがありました。ある作家さんの個展を観るためギャラリーを訪れたところ、最終日ということもあり、なんと作家さん本人が在廊していたのです。最後の30分に駆け込んだのですが、ラッキーでした。勇気を出して、「私は日本人です。Instagramでこちらの展示を知って、観に来ました」と韓国語で話しかけてみたところ、作品の解説をしてくださることになったのです! 肝心の私の韓国語スキルはというと……これまでに韓国ドラマを100作品以上観ているので、話すこと聞き取ることは最低限できる程度。ハングルを読むことはできるので、知っている単語から書いてあることの意味を推察できる程度。我ながら思い切った行動に出たと思います。

 本当に素晴らしい展示で、すっかり作家さんのファンになりました。私が感じた想いを、作家さん本人に伝えたい。せっかくご本人とお話もできているのだから、作品への想いも理解したい。片言の韓国語と英語、時折日本語を混ぜながら、翻訳機も使ってみたり、感動詞をしっかり織り交ぜてみたり、声のトーンを意識したり、表情や身振り手振りをいつもより大きくしてみたり。「伝える」ため、持ち合わせている表現を総動員しました。そして、「受け止める」ために、相手の言葉をしっかりと聞き、何を伝えようとしているのかしっかり汲み取る努力をしました。目をしっかり見たり、相槌を打ってみたり、どうしたら相手も話しやすくなるのか、頭をフル回転させながらのコミュニケーション。あっという間で、濃密な30分でした。閉館の瞬間、「あなたが最後のお客さんで光栄です」と言ってもらえたときの感動は忘れられません。日本語で記帳をして、ギャラリーを後にしました。

 まさに、このコラムのタイトルである「ことばのキャッチボール」を体感した時間でした。プロ野球選手の方に話を聞くと、みなさん口をそろえて言うのが、キャッチボールの重要性についてです。自分が投げたいボールをイメージして投げるのと同時に、相手がキャッチしやすいようにボールを投げる。これが、上達への近道なのだそう。より良いコミュニケーションのために必要なことは、「伝えたい!」「キャッチしたい!」という強い想いであると思います。韓国語を話せないこと、不自由であることが渇望を生み、同時に、人とのコミュニケーションの楽しさを実感させてくれました。一生懸命伝え、一生懸命受け止める。ことばは少なくても、深いコミュニケーションは可能なのです。だからこそ、母国語である日本語についても、より強い想いと多様な表現を持ち、丁寧に伝えることを大切にしようと、改めて思いました。楽をせず、楽しみたいですね。

 実は、個展での話には、続きがあります。ギャラリーが閉館したのは午後7時。作家さんも帰宅するということで、一緒に駅までの道を歩いていたのですが、急遽、食事に行くことになりました。ビールを飲み、フォーを食べながら(なぜベトナム料理なのだとツッコミが入りそうですが。笑)、ことばのキャッチボールの延長戦を開始! 美味しいごはんとお酒のおかげもあり、よりリラックスして会話が進みます。「これぞ、海外一人旅の醍醐味!」というような出会いと経験を得られることができました。でも、そのためには、語学は大事なツールのひとつであるということも再認識しました。会話の中で、作家さんから「まりえさんは話すことを仕事にしているから、うまく話せなくてもどかしいでしょう」と、見事に私の胸の内を言い当てられました。「そうなんです! すごく悔しいんです!」と思わず日本語で返事をしてしまったほど心の底から悔しい思いをしたので、韓国語の勉強を続ける毎日です。鉄は熱いうちに打て! 熱い想いがある今が、一番の伸び盛りだと信じています。渡韓するたびに、自分自身の成長を感じていましたが、次回は、どのくらい話せるようになっているのか……自分のことを楽しみだと思えることが、とても幸せです。마리에、화이팅!!(まりえ、ファイティン!!)

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。