上田まりえ「ことばのキャッチボール」

 “所変われば品変わる”を肌で感じたアメリカでの10日間(先月のコラム「あなたの頭の中の『ことばの引き出し』、開け閉めしていますか?」を参照)。実は、日頃の自分の言動について、深く考えさせられる出来事もありました。

 さて、突然ですが、ここでみなさんに質問です。

 あなたは細い道を歩いています。その道は、2人通るのがギリギリの幅です。すると、向こうから人が歩いてきました。すれ違う瞬間、あなたはその人に何と声をかけますか?

  • ①「すみません」
  • ②「ごめんなさい」
  • ③「失礼します」
  • ④ その他

 フロリダにある上原浩治さん一家のお宅に滞在していたときの出来事です。ある日、上原さんの奥さんとホームセンターへ買い物に行きました。大きなカートを押しながら、棚と棚の間の通路を歩いていると、向かいから同じように大きなカートを押している人が歩いていました。ほんの少し端に寄り、すれ違いざまに「Sorry!」と頭を下げた私。すると、上原さんの奥さんから「“Sorry”って言わなくても大丈夫だよ!」と笑いながら言われました。

「だって、まりえちゃん、何も悪いことしてないじゃん!」

 た、確かに……! そうなんです。私も、相手も、ただ歩いていただけ。決して、迷惑をかけようとしているわけでもなく、ぶつかりにいっているわけでもない。日頃、いかに何も考えずに「すみません」「ごめんなさい」を多用しているのかということに気づきました。

 それでは、アメリカでは、人々はどのように対応するのか。答えは「Thank you.」なのだそうです。基本的に、謝るシチュエーションではない限り、「Sorry.」と言うことはかなり少ないのだとか。先ほどのホームセンターのシーンでは、相手は私に「Thanks!」と言っていました。「(歩きやすいようにしてくれて)ありがとう!」ということなのでしょう。比べてみると、私の「Sorry!」は、相手にネガティブなニュアンスで届いているかもしれません。どちらも根底にある気持ちは同じはずなのに、乗せる言葉が異なるだけで、こうも違って聞こえるのかと思いました。

 言わずもがな、日本語において「すみません」は、「ごめんなさい」と「ありがとう」のどちらの意味でも使われています。国語辞典で「すみません」を引いてみると、「お詫びや感謝の意味を表すことば」と書かれていました。英語の「Excuse me.」と同様に、「呼びかけに使うことば」でもあります。また、漢字の「謝」も同様に、「詫びる」「謝る」「感謝する」「ことわる」という意味を持っています。「感謝」は「ありがとう」、「陳謝」は「ごめんなさい」という意味ですよね。そして、「深謝」は「深く感謝すること」と「丁寧に詫びること」という二つの意味を表します。そもそも、「謝」という漢字は、「言(ごんべん)」と「射る」から成り立っています。つまり、「相手に言葉を届ける」ということなのです。「すみません」ということばの万能さと深さたるや! また、シチュエーションごとに自然と意味を汲み、コミュニケーションを円滑に行うことができる日本人の“読み取り力”の凄まじさといったら……! 日本語と日本人の妙技を、改めて感じたのでした。

 帰国後、私は「すみません」と言った瞬間、どういう状況で発したのか分析するようになりました。同時に、「ありがとう」に変換できるのであれば、積極的に「ありがとう」と言うように心がけています。大抵の場合、「すみません」と言ってから、「あっ! 今は“ありがとう”でよかったかも……」と気づくことが多いのですが。何を考えずとも自然と口をついて出てくる言葉こそ、その人の本質が出るもの。不用意な「すみません」を減らして、素直に感謝の気持ちを「ありがとう」に乗せて伝えることで、「すみません」という言葉を、もっと素敵に相手に届けられるようになるかもしれません。「Sorry!」を「Thank you!」にー。しばらくの間、これが私の合言葉になりそうです。

上田まりえ

タレント、日本語検定委員会 審議委員

1986年9月29日、鳥取県境港市生まれ。2009年、専修大学文学部日本語日本文学科卒業後、日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末に退社し、タレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。また、アナウンススクールとSNS・セルフプロデュースについての講師も務める。2019年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コース修了。
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。