近年,敬語についてうるさく言われるので,ビジネスの世界ではさすがに次のような言い方をするビジネスパースンはいないだろうと思っていたら,そうではなかった。
社員「ただ今,お客様が申されましたように,当社では処理いたしましたが……」
近年の不景気のために,各社新入社員の研修どころではないのかもしれないが,若い社員たちの話し方,言葉遣いが確かにお粗末になっている。これもその一例である。
失礼ながら言葉に鈍感なお客なら別に何も感じないであろうが,多少でも敬語の心得のある方なら一言言いたくなるに違いない。
むろん,正しい言い方は「お客様がおっしゃいましたように」である。つまり,「申す」はあくまで「自分」あるいは「自分の側の人」が相手にものを言う場合に用いる謙譲語であって,これに,尊敬の助動詞「れる」を付けても「申される」が尊敬語になるわけではない。したがってお客様に対しては使えないわけである。
ところが,若い社員には「お客様がおっしゃられましたように」とやる人がいる。これは尊敬語の「おっしゃる」に,更に尊敬の助動詞「れる」を付けた形で,こういうのを過剰敬語というのである。卑俗な表現で言えば「ばかっ丁寧」なのである。
社員「先程部長が申された件について,お尋ねいたします」
言葉遣いにうるさい部長ならば,「きみ,『部長が申された』はないだろう。『部長がおっしゃった』と言いたまえ」と注意するだろう。口の重い部長ならば,その場では何も言わないでおいて,後で課長に小言を言うか,人事異動でペナルティーを課すかするであろう。
「申された」で失敗したくなければ,表現のさまざまなパターンを身に付けることである。
例二の場合ならば,例えば,
・先程部長が発表なさった件
・先程部長が説明なさった件
・先程部長からご説明いただいた件
・先程の部長のご発言の内容について
などと表現すればよいのである。
ビジネスのプロとして生きていくためには,最低限の敬語の知識を身に付けるばかりでなく,日本語の多様な表現を駆使できるよう勉強しておきたいものである。
川本 信幹
著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去