その日本語、相手を不快にします

ひと昔前の話ですが、一部上場企業で、テレビ番組の大スポンサーとして知られる会社を訪ねたことがあります。その会社の常務取締役であった友人に会うためだったのです。

受付で名刺を出し、来訪の趣旨を述べると、受付の女性社員が、
「ちょっと待ってください」
と言って電話のボタンを押し始めました。

私は内心アッと驚きました。こんな大きな会社の受付で「ちょっと待ってください」などという口上を聞くとは思いも寄らなかったからです。

常務に話が通り、応接室で対面しましたが、私は用件の前にそのことを話題にしました。

常務は恐縮して、ただちに総務部長を呼びました。
以下は、常務と総務部長のやりとりです。

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常務「さっき、受付がこちらのお客様に『ちょっと待ってください』と申し上げたそうだが、社員への言葉遣いの教育はどうなっとるのかね」

部長「申し訳ございません。現在のところ受付には派遣を使っておりますので」

常務「それでは、答えになっていないね。派遣社員でも、わが社の受付に座っていればうちの社員と同じではないかね」

部長「おっしゃる通りでございます」

常務「派遣社員だから、言葉遣いなどどうでもいいということはないだろう。受付をやらせるからには、きちんと敬語の教育、言葉遣いの教育を実施したまえ。『受付用語の手引き』でもあれば、それを派遣社員にも交代のたびに読ませたまえ」

部長「申し訳ございません。そういうものは、用意してございませんので、早速作成させます」

常務「なにぃ、ないなら、こちらの先生に御指導いただいて早速作りたまえ。ところで、わが社の新入社員や営業部員に対する言葉遣いの教育は大丈夫だろうな」

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その後、友人の報告によると、研修の強化が実施され、受付のマニュアルも詳細なものが作成された由。

最近、近所の郵便局へ行ったら、社員の口から「ちょっと待ってください」が出たので、ああ、郵便事業会社も会社が大きすぎて社員の言葉遣いまでは行き届かないのかといささか気の毒に思いました。

お隣の、銀行の支店では「しばらくお待ちください」と言われてほっとしましたがね。

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去
*この原稿は、2011年に執筆したものです。

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