その日本語、相手を不快にします

〔ケース1〕

 社員レクレーション大会のボーリングの部で若い社員が課長と当たりました。課長に敗れた社員が、
「課長、ボーリングの腕前はなかなかのものですね」
と素直に感想を述べました。

課長がむっとして、
「じゃあなにか、ボーリング以外は皆だめだというのかね」
といささか大人げない反応をしました。若い社員はきょとんとしています。若い社員は褒めたつもりだったのですが、課長はそうは取らなかったのです。

〔ケース2〕

 今度は、その大会のゴルフの部です。招待された他社の部長が同じ組で回った社長にこう言いました。
「社長、社長のゴルフの腕は御社でもトップクラスでしょう」
それを聞いた社長の表情は崩れに崩れます。招待された部長の会社との友好関係はこれによっていやがうえにも深まることでしょう。

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傍線を引いておきましたが、ここで問題になるのは「は」という助詞の使い方です。
「は」は、実に様々な使い方のできる助詞で、国語辞典によっては、その解説が一ページに余るものさえあります。その働きを、多くの国語辞典に共通して使われている単語で言えば「取り立て・区別・限定の意を表す」ということになりましょう。

この用法によって「ケースA」を解釈すると、

①(他のことは知りませんが)ボーリングの腕前はなかなかのものですね。
②(ゴルフやマージャンなどはだめですが)ボーリングの腕前はなかなかのものですね。

の二つの受け取り方ができます。課長が①の解釈をしてくれれば不快に思われることもなかったのですが、この課長は②の解釈をしたわけです。若い社員の勉強不足でした。

「ケース2」の部長は、さすがに部長だけあって、お世辞にも年季が入っています。
「社長のゴルフの腕は」の「は」は、単なる区別ではなく「御社」の他の役員、社員の中から「社長」を取り立ててトップクラスと評価しているわけです。こう言われれば、お世辞だと分かっていても悪い気持はしないでしょう。一つの助詞が出世に響くと言っても大袈裟ではありません。

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去
*この原稿は、2011年に執筆したものです。

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