その日本語、相手を不快にします

「おい、今日中に企画書を出してくれよ」と上司に言われて「大丈夫です」と答える若い社員がいる。上司は何か言いたそうであったが、言葉を呑みこんだようである。下手に注意して会社を止められても困ると思ったのであろうか。

先日、我が家を訪れた若者が「食事を食べていきませんか」と問われて「大丈夫です」と応じた。問いかけた連れ合いは、若者が断ったものと理解して食事を出さなかったが、その後随分長居したところを見ると、食事をしていってもよいという意味で「大丈夫」を使ったのかも知れなかった。

前者の場合、上司は部下が安直に「大丈夫です」と答えたことに引っかかったのであろう。
上司が想定した答えは、次のようなところであったろう。

「かしこまりました。必ず今日中に提出いたします」
「かしこまりました。あらましできておりますので、後二時間ばかりで提出いたします」
「承知しました。五時までに必ず提出いたします」

理屈っぽい社員ならば「恐れ入りますが、今日中とは勤務時間中でしょうか、残業してもよろしいのでしょうか」などと問い返したかも知れない。「大丈夫です」などと安直に答えるより、このほうが上司を安心させるかも知れない。むろん上司は「当然勤務時間中だ」と念押しするに違いない。

言うまでもないが、このような仕事に関する指示への応答には、復唱(復誦)の意味が含まれていることが望ましい。 後者の場合は、「いえ、結構です。友人と夕食の約束がございますので」と答える(かりに約束がなくても、そう答えてさっさと失礼する)。

また、遠慮の要らない訪問先なら、「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」 くらいのことは言ってもよい。

昭和時代末年ころから日本語力の低下が言われてきたが、近年、語彙力の低下、表現力の低下が目立ってきた。乏しい語彙でも、上手に使えば正しく意志や事柄を伝達できるが、「大丈夫です」とか「結構です」は、使い方によっては相手の誤解を招くことになる。

「大丈夫」だけでは必ずしも「大丈夫」ではないのである。

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去

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