その日本語、相手を不快にします

会社員・公務員・団体職員の世界で肩書に少しでも責任のある文字が加わると、立場が異なるばかりでなく、用いる言葉にも大きな変化が生じます。

特に目立つのは部下に対する言葉づかいでしょう。部下に対する言葉づかいといっても、様々なケースによって分類しなければなりません。

1.人数

1対1の場合
部下の数の少ない場合は、自分と相手の職階の差がはっきりしているので、使う言葉にそれほど工夫をする必要はありませんもっとも、一人の部下に話をしていてもすぐ傍に聞き耳を立てている他の部下のいることを意識していなければなりません。

1対多数の場合
あなたの職階が上がるにつれ、異なる職階の部下が増えてきますので、言葉づかいもかなり工夫を凝らさなければなりません。多数と言っても、会議やミーティングで課員・部員の全員を相手にする場合のことで、部下が多数いても、その一人一人の相手をする場合は、1の場合とさほど大きな違いはありません。

2.場面

場面と言えば、①普段の執務の場面、②褒める場面、③叱る場面、④その日の仕事を終えてから、などを挙げることができましょう。
普段の執務の場面や執務後の部下への言葉づかいなどさしたる問題はないと考える方もありましょうが、これはこれでさまざまな思案のしどころがあります。

が、やはり、新米上司として最も気を付けなければならないのは、部下を褒めることと、叱ることしょう。

むろん言葉で褒める、言葉で叱るわけですから、目的や場面に合わせた適切な言葉を自在に使いこなさなければなりません。
そのもう一つ前に、「自分はこの部下をなぜ、褒める(叱る)のか」「なぜ他の部下の前で褒める(叱る)のか」などを冷静に考えてみなければなりません。

部下が上司の悪口を言うのと異なり、上司が部下を褒めたり叱ったりするのは、部下の将来に大きな影響を与えかねません。部下をダメにしない上司であるための言葉の勉強をどうぞ怠りなく。

部下を褒めるとき、叱るときの基本は、「褒めるときは多数の前で、叱るときは1対1で」ということです。誰にでもプライドがあります。そのプライドに訴えること、そのプライドを傷つけないことが大切です。

ところが、ともすると「褒めるときは1対1で、叱るときは多数の前で」ということになりがちなもの。

たしかに、一罰百戒というように、一人を叱ることで全体への戒めとするという場合もあるでしょう。また、自分は叱られて伸びるタイプだと本人が言う場合もあるでしょう。
しかし、皆の前で叱られ続けるばかりでは、少しずつでも歪みがたまっていき、いつか一気に爆発するということに繋がりかねません。

何回かに一回は、全体の前で褒める場面を作りたいものです。 褒める場合を考えましょう。

1対多数の場合

1.一人を褒める場合
人前で褒められることは、それだけでプライドをくすぐります。しかし、言葉次第では空々しいお世辞に聞こえ、逆効果になってしまいます。特に、多数の前で一人を褒める場合には、声の大きさも、使う言葉もやや控えめにするとよいでしょう。さらに、何がどのように良かったのか、出来るだけ具体的に示します。「○○は、今回の件で裏方に徹し、全体を支えてくれた。特に、△△のときには、三日間会場に泊まり込んで状況の把握をしてくれた。ありがとう」というようにします。

2.多数を褒める場合
多数の前で多数を褒める、各部署が揃っている場である部署を褒める場面、ある部署の前でその部署を褒める場合を想定します。この場合には、声も表現も大げさ目にするとよいでしょう。褒められているのが集団なので、少し大げさにしないと、褒める気持ちが一人ひとりにまで届きません。褒める内容も具体的なことにはあまり触れずに、「今回の件では本当によくやってくれた。取引先からも皆によろしくとのことです。本当にありがとう。心から礼を言います」といった褒め方がよいでしょう。

*後半部分は、熊谷芳郎(日本語検定委員会主任研究員)が執筆

*本コラムは、今回を持って終了となります。ながらくのご愛読、誠にありがとうございました。

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去
*この原稿は、2011年に執筆したものです。

熊谷 芳郎

著書に「高校教師のための心に響く話材百科」(教育図書)、「国語表現 活動マニュアル」(明治書院)(いずれも共著)など。

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