その日本語、相手を不快にします

急いで本を購入したいとき、出入りの書店では仕事に間に合わないので、出版元に直接お願いすることがあります。

かつて、勤務先から注文したら、「勤務先の住所をお願いします」と言われたことがありました。いささか大人げないとは思いましたが、相手が出版社ですから聞き過ごすわけにもいくまいと思い「勤務先の住所はおかしいでしょう。勤務先の場合は所在地と言ったほうがいいですよ」と注意しておきました。

通信販売の会社などはそんなことはないだろうと思っていたら、いつぞややはり「会社のご住所は」と言われて驚きました。会社に敬意を表したのか顧客である私に敬意を表したのか分かりませんが、「ご」まで付けているのは念が入っています。

もっとも、近年は、いちいち注意するのも面倒ですから、無視することにしています。人が住んでいるから「住所」、会社のあるところは「所在地」と考えるのが常識だと思っていますが、そういうことは誰も教えてくれないんでしょうかね。

そう言えば、少々古い話ですが、あるお役所で書類を作ってもらう申請書に記入しようとして、見ると、「勤務先」という項目があって、その後に「住所」と印刷してありました。さすがに見過ごすことができなかったので、ご多忙中の課長さんを呼んでいただき、丁重にご注意申し上げておきましたが、その後どうなったかまでは分かりません。

念のために、「新明解国語辞典」で「住所」を引いてみますと、「生活の本拠として、その人が住んでいる所(の行政上の呼称)」と書いてあります。つまりこの定義はお役所に認められているのです。「所在地」は、項目自体がありません。

中型辞典の「広辞苑」には、さすがに項目があり、「ある人やある物の存在する土地」とあって「県庁所在地」が用例として挙げてあります。大型辞典の「日本国語大辞典」には、「所在地」の項目があり「ある人、またはその物の存在する土地」とあって明治時代の民事訴訟法の「受訴裁判所の所在地」、商法の「本店の所在地・支店の所在地」という言い方が用例として示されています。

「会社の住所」などと使っている方は、取引先やお客様から笑われる前に「会社の所在地」を頭に叩き込んでおきましょう。

川本 信幹

著書に「日本語 鵜の目鷹の目烏の目」、「みがこう,あなたの日本語力」(以上、東京書籍)、「生きるための日本語力」(明治書院)など。2011年11月逝去

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