日本語クリニック

 現代のかなづかい(ここでは「かなづかい」と書きます)の基準は、1986年に告示された「現代仮名遣い」です。それ以前は、1946年に告示された「現代かなづかい」が用いられてきました。さらに、その前の明治以降の時代においては、いわゆる歴史的仮名遣い(旧かなづかい)が行われていました。旧かなづかいの時代には、文字と発音が一致しないことが多く(表音不一致)、語ごとの書き方を覚えるのは、容易なことではありませんでした。

日常語でない発音がみだれ、「ホー」が文字にひかれて「ホホ」と発音されたり、海に面しない地方の子どもが「シホヒガリ」を「シオイガリ」というようになったりした。外国の地名も「サハラさばく」を「サワラさばく」、「オホツク海」を「オーツッ海」と発音するおとなたちがいまもいる。

高橋(1983、p.22)

 このような問題を解消すべく、「現代かなづかい」(1946)と「現代仮名遣い」(1986)では、表音一致となるように大幅な手直しを加えました。しかし、一部のものについては、どういう単語であるのかを示すこと、つまり表語機能を優先したため、表音不一致の部分が残る結果となっています。どこに不一致があるのか、そのことについて考えます。

表音不一致の部分

 不一致の主なものは、①助詞の「は」「へ」「を」、②動詞「言う」の発音、③「じ・ぢ」「ず・づ」、④オ列のかなづかい、の四つです
 まず①の三つの助詞は、それぞれ、[wa]、[e]、[o]と発音するのに対して、表記は「は」「へ」「を」となります。文字どおりに発音すると、前の二つは[ha][he]という音を表すので、「アシタハ」「ヤマヘ」となりますが、[wa][e]と[ha][he]とでは、[h]の有無が大きな違いを表すため、仮に子どもなどが「アシタハ」「ヤマヘ」と発音したとすれば、異様に感じた聞き手からすぐに訂正されることでしょう。また、「ファタハ」あるいは「マッヘ」など語末に[ha][he]を持つ語と同じく、「アシタハ」「ヤマヘ」という名詞があると思われても困ります。

「を」について

 一方、「を」の場合、文字どおりの発音というものがありません。「お」も「を」も[o]と発音するからです。しかし、文字が違うということは発音も違うはずだという意識を持つ人もいるため、「を」が[wo]であると捉えられることがあります。「を」の場合、「は」「へ」の場合の[h]のような、はっきり違うと意識しやすい子音が含まれません。それゆえ、話し手が[wo]と発音したとしても、聞き手の側で、それを異様な音と感じて[o]に訂正しようとするほどの気持ちがわきません。語末の[o]と[wo]によって区別される単語もなく、どちらか一方でなければいけないという感覚が養われる機会にも欠けます(たとえば「塩」は「シオ」、「潮」は「シウォ」というような区別が現代語にあるなら、[o]と[wo]の違いに敏感になることでしょう)。

「は」について

 発音どおりに書くということでは、「は」を「わ」と書く現象が見られます。「山では」などは、「は」が助詞であり「は」と書くということが了解されても、「こんにちは」「こんばんは」などになると、助詞の意識が薄れ「こんにちわ」「こんばんわ」といった表記が出てくるというものです。将来的に「現代仮名遣い」を改定する際は、助詞としての意識が薄れた語については、「は」ではなく「わ」にするという決断を下してもよいかもしれません。助詞意識の薄い語がどれであるか、個々の語についての判断が難しければ、感動詞や「または」など接続詞の一部として使うものというふうに、品詞を基準にして区別することもできるでしょう。

「言う」について

 次に、②の「言う」の発音について考えます。「言う」は、「いう」と書く決まりですが、終止形・連体形は「ゆう」とし、そのほかは「い」を用いて「いわ」「いい」「いえ」と書くことにしてはどうでしょう。つまり、「いわ、いい、いう、いう、いえ、いえ」ではなく、「いわ、いい、ゆう、ゆう、いえ、いえ」と書くということです。表記上の統一感はなくなりますが、発音の実態に近づき、また、「言う」をユーと発音するのは誤りであるという誤解も減ります。「結う」との違いは、アクセントや文脈でつけられます。

「じ・ず」と「ぢ・づ」

 次の③について、まず概要を説明します。「ジ・ズ」と発音することばは、「じ・ず」と書くのが基本ですが、「現代仮名遣い」では、例外的に「ぢ・づ」と書く場合を2種類、設けています。一つめは「同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」」とするものであり、たとえば「ちぢみ(縮)」「ちぢむ」「つづみ(鼓)」「つづく(続)」などの語例があがっています。二つめは「二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」」とするものであり、「はなぢ(鼻血)」「まぢか(間近)」「みかづき(三日月)」「たけづつ(竹筒)」などの語例があがっています。「じ・ず」でも「ぢ・づ」でも現在の標準語では発音が同じであるため、個々の語の表記を暗記する必要があります。時には、「続く」を「つずく」と書いたり、「間近」を「まじか」と書いたりする誤りが生じるのは、発音を基にして判断することができないからです。
 上記のような問題を克服し、発音を基準にして表記を判断できるようにする、つまり表音一致を目指すのであれば、「同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」」は「ちぢむ」「つづく」から「ちじむ」「つずく」へと改め、「二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」」は、「はなぢ」「みかづき」から「はなじ」「みかずき」へと改めるなどする必要があります。ローマ字では、「血」はti、「鼻血」はhanazi、「月」はtuki、「三日月」はmikazukiというように、発音に沿った形で書かれます。かな書きも同様に考えれば、「はなじ」「みかずき」でも、慣れさえすれば問題はない可能性があります。過去には、『広辞苑』(初版~第3版)において、表音式のかなづかいが採用され、「こころずかい(心遣)」「みかずき(三日月)」「ちじみ(縮)」などと示されていた(現代仮名遣いでは「こころづかい」「みかづき」「ちぢみ」)」こともあります(佐藤(2021、p.8))。かたくなに戦後に確立したかなづかいを墨守する(頑固に守る)か、それとも、これから日本語を使う人にとって学びやすいかなづかいへと脱皮するか、いずれその決断を迫られるときが来るかも知れません。

オ列の長音

 同じことがオ列の長音にも当てはまります。「おおかみ」や「おおきい」などを「お」で書くことについて、「現代仮名遣い」には、以下の説明があります。

これらは、歴史的仮名遣いでオ列の仮名に「ほ」又は「を」が続くものであって、オ列の長音として発音されるか、オ・オ、コ・オのように発音されるかにかかわらず、オ列の仮名に「お」を添えて書くものである。


 通常、オ列の長音には、「う」を用い、「おとうさん」「ほうる」などと書きます。原則の「う」と例外の「お」が存在することによって、「ほうる」を「ほおる」と書き誤る現象が起こったり、「おおかみ」は「オーカミ」と発音するのは誤りであるといった誤解が生じたりしています。ほかの多くの項目において、旧かなづかいとの関係を断ったのと同じく、オ列の長音についても、「お」を添えることに統一し(または「う」に統一)、「お」か「う」か迷うことのない形にしてはどうでしょうか。

まとめ

 筆者も含め、「現代仮名遣い」に慣れた者からすれば、上記のような変更は苦痛に感じることでしょう。しかしそれは、「現代かなづかい」が公になった際に、旧かな世代が感じたことでもあります。西沢(1955、pp.173-174)は、次のように記しています。

初め、新かなづかいが実施されたときには、そのころ一年か二年であった小学生ですらも、急に変わったかなづかいにまごついて、いくらかは不平を言ったものもあった。
いわんや、それまで旧かなづかいの中で長いあいだ生活して来た老人連が、(その御本人はどれだけ正確に旧かなづかいを知っていたかということは別問題として――
大方は、うろ覚えにすぎない、ほんとに旧かなづかいをマスターしている人がそうたくさんいるものではない)目なれぬものに嫌悪を感じやすいという通弊におちいって、新かなづかいを非難したというのも無理はなかったのかもしれない。


 子どもや外国人学習者が迷うことなく書けることを重視するなら、上述したような変更を真剣に考える必要があります。現代の人々にも、痛みを覚える覚悟が要ります。あるいは、現行のままでよいこととするにしても、発音と表記の関係について、学習者が納得しやすい形で提示することが肝要です。かなづかいは、漢字に比べれば簡単な事柄であると軽んじることはできません。

注  「1000円」など、「ん」の直後に「え」が来る語において、「無自覚のうちに「ye」で発音される」(鈴木(2015、p.28))というような場合も、かなで「いぇ」などと書くことはなく、表音不一致が起こっています。

参考文献
佐藤宏(2021)「国語辞典の見出し」『辞書の成り立ち』朝倉書店
鈴木巧真(2015)「現代仮名遣いと歴史的仮名遣い」『品詞別学校文法講座7』明治書院
高橋太郎(1983)「事実と歴史と文字論と」『教育国語』75
西沢秀雄(1955)『校正入門』岩波書店

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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