日本語クリニック

 「湖」「沼」「池」の3語の特徴を考えます。本コラムでは「3語を区別する基準を示す」ことではなく「3語の区別を難しくしている要因を詳しく述べる」ことを目的とします。

 まず普通名詞の場合から。国土地理院のホームページには、3語の区別についてスイスの湖沼学者フォーレル(1841~1912)による定義が記されます。

水深が大きく、植物は湖岸に限られ、中央に深い所には沈水植物を見ないもの
湖より浅く、最深部まで沈水植物が繁茂するもの
通常、湖や沼の小さなものをいい、特に人工的に作ったもの

 このほかに水深が5メートル以上であれば「湖」、それ以内であれば「沼」という深さを基準とした区別もあります。問題は、古来の日本人がこのような近現代的かつ科学的な観点をもとにして三つの語を使い分けてきたわけではないということです。もっと素朴に、比較的に見た目が大きければ「湖」、小さければ「沼」「池」と呼んできたことでしょう。ただし、大きいといっても客観的な基準があったわけではないので、人によって呼び方にずれが生じる可能性があります。周囲を陸地で囲まれているという特徴は「川」や「海」と区別する際には役立ちますが注1、上記の3語には使えません。形状によっては区別ができず、水深などの専門的な基準によらざるをえないことが第1の難しさです。

 それから自然・人工という観点から区別しきれないところに第2の難しさがあります。「池」が庭園などで見かける人工的なものに限られていれば、「湖」「沼」とは明らかに違うとすることが可能でしたが、実際には自然にできた「池」があることが区別を困難にしています。関連して「湖」は自然のものという特徴が認められますが、「人造湖」「ダム湖」といった場合は人工の湖という扱いになるので、「湖」のほうにも自然のもののみという見方ができない難点があります。

 第3の難しさは「木立に囲まれ水草が生い茂っている」(石綿・高田(p.166))ものは「沼」、それ以外は「池」という判断が一律にできるかどうかということにあります。大量の水草(みずくさ)があれば「沼」と判断しやすいのは確かですが、ある程度の透明度がある一方で、いくらかの水草が生えているというような場合に、一般人が「沼」か「池」かを判別するのは容易ではありません。専門家のように、水深を測ったりしたうえで判断するわけではなく、ぱっと見で判断しようとするのが一般的な感覚だからです。もしそれが人工的であるという証拠が得られれば「池」と呼ぶというふうに決められますが、そうでなければ答えに窮するところです。その場所に固有名としての名前がついているなら、それを確認してようやくひと安心ということになりますが、それはつまり目の前にある水をたたえた小規模の場所については、万人に共通する普通名詞向きの決定的な基準がないことを意味します注2

 次に固有名詞の場合を見ていきます。普通名詞と異なり、「湖」の語形が音読みの「コ」になることが特徴的です。「みずうみ」は「水の海」(淡水の、海のような場所)という意味を表す複合語です注3。「ぬま」「いけ」と比べて語形が長いので、「~みずうみ」という言い方をさけて、「~コ」となったものと推測されます。「~沼」「~池」と比べて、耳で聞いてわかりにくいという結果になってしまったとも言えます。西アジアのアルメニアにある「パーズ湖」について、知人に「パーズコ」という音から連想する物は何かを問うと、食べ物という答えが返ってきました。もし「パーズヌマ」「パーズイケ」であれば、「パーズ」の意味はわからずとも、全体としては沼・池の一種であると予想できたはずです。書きことばでは、三つとも漢字で書くことが多いので気がつきにくい事柄です。そしてこのことが、水のたまった大きな場所であるにもかかわらず、「~湖(コ)」以外の呼び方をする湖の少なくないことの一要因であると考えたくなります。

 たとえば「尾瀬沼:福島県と栃木県の境、尾瀬東部の湖」(『大辞林 第4版』)のように「湖」と記される固有名の「~沼」がありますが、実際に目にすると、「~湖」でもよさそうな印象を受けます(最大水深は9メートルあります)。昔の人が「尾瀬沼」に名前をつけようとした際に、「尾瀬湖」「尾瀬沼」「尾瀬池」などを考え、語調のよさから「尾瀬沼」にしたということは考えられないでしょうか。「榛名湖」(群馬県)に対する「伊香保の沼」のように、「~の沼」という異名を持つ湖もあります。また、日本湿地学会監修の『図説 日本の湿地』によると、上高地の「大正池」は「1915(大正4)年の焼岳大噴火の泥流により梓川がせき止められ突然形成された湖」とのことです。やはり「大正湖」「大正沼」でもよさそうに感じますが、水がきれいであるなどの理由から「池」が選ばれたのかもしれません。

 水のたまっている大きな場所に名前をつけることが求められたとき、昔の人は水草の有無などを考慮しつつ、さらに「~ぬま」や「~いけ」に音の柔らかさを感じて、「~コ」にしなかった、あるいは「~コ」以外の呼び方も作ったという可能性があるというのが筆者の見立てです(その際「琵琶湖」や「浜名湖」(静岡県)のような海と呼んでもおかしくないほどの大きさがない場所の場合には、「~湖」としてよいのか「~沼」「~池」とすべきなのか、サイズの面で悩んだという可能性もあります)。もし「湖」の訓読みが「みずうみ」ではなく「ぬま」「いけ」と同様に2拍の長さのことばであったならば、普通名詞と固有名詞ともにその語が用いられ、現状のように「名前が「~沼」なのに、その定義には「湖」が用いられる」という事態は抑えられたかもしれません。固有名詞としての3者には以上のような難しさがあります。

 以上に見た「難しさ」を解決するには、「池」を人工的なものに限ることに決めるとか、科学的な基準によって固有名詞の「~湖」や「~沼」の名前を整理・変更するということが必要ですが、ことばの歴史や慣用を考えると、なかなか行いにくいことです。したがって、難しいと感じる現在のあり方をあえて味わいましょうというのが本コラムの結論です。

注1 大きさから言って「海」に近いのは「湖」であり、「沼」「池」ではないとの直感が働きますが、このことは「~湖」の中に「におのうみ」の異名を持つ「琵琶湖」(滋賀県)があること、あるいは、地元の人に「諏訪の海」と呼ばれることのある「諏訪湖」(長野県)によっても確かめることができます。昔の人は、海と見まがうばかりに大きな場所だと感じたのでしょう。「猪苗代湖」(福島県)は、関所があって村の外に出ることが容易ではなかった江戸時代の人々には「海」だと思われていたらしいと地元の人から聞きました。

注2 一般的には、恒常的に水がたまった場所は「湖」「沼」「池」などと呼ばれ、一時的にたまった場所は「水たまり」と呼ばれるというように、恒常的・一時的という基準が語の区別に役立つこともあります。

注3 従来のミズウ●●ミというアクセントであれば、ミ(海)との関係が発音から感じられますが、ミウミという新しいアクセントでは、そのつながりは絶たれます。

参考文献 石綿敏雄、高田誠(1990)『対照言語学』おうふう
日本湿地学会監修(2017)『図説 日本の湿地』朝倉書店

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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