日本語クリニック

 「愛」はアイとのみ発音するのに対し、形容詞の「高い」や「甘い」は、ぞんざいな発音ではタケー、アメーとなります。[ai]という母音が連続するとき(以下「母音連続」)にアイからエーへと長音化が起こっています。また、英語のear(耳)には日本語として「イア・イヤ」の語形があり、後者には[y]の半母音が含まれます。日本語では母音が連続するのをさけて、母音間に半母音が挟まれるということが少なくありません。このように母音が続くときに、①語の発音が変わらない、②長音化が起こりうる、③半母音が挟まれる、という三つのうち、母音連続ごとにどのような状況にあるのか、[a]から[o]まで通観するのが今回のテーマです。範囲は標準語・東京語に限り、各県の方言における発音は扱いません。発音の確認には『新明解日本語アクセント辞典 第2版』(以下『新明解』)と『NHK日本語発音アクセント新辞典』(『NHK』)を用います。また上述のように、個々の母音や母音連続は[a][ai]のように示し、個々の単語の発音はカタカナで示します。

[a]で始まることば

 まずは[a]で始まる語から。「ああ(驚いた)」はアーと発音します。[a]と[i]の間に半母音の[w][y]が入ることもあります。「場合」は、バアイのほか、バワイ、バヤイと発音する人がかつては大勢いました。[aa]は「間合い」や「たあいない」にも観察されます。
 [ai]には「愛」や「会い」があります。「(風呂へ)入る」「大変」のヘール、テーヘンは江戸語風でしょうか。
 [au]には「会う」「アウディ」(車)、[ae]には「会えば」「あえ物」などがあります。[ae]に関して、代名詞の「おまえ」「てまえ」がオメー、テメーとなり、「帰る」がケールとなるといった現象が起こることがあります。江戸語・東京語的な言い方として、ハエがハイに、オマエがオマイになる現象もあります。21世紀の現在では、ありましたと言うべきかもしれません(歌舞伎俳優などに保持する人がいそうです)。
 [ao]は「青」「仰ぐ」などに含まれる母音連続です。かつて(昭和初期のころ)は「仰ぐ」や、[au]の母音連続を語末に持つ「扱う」、[ou]の「思う」などは、口語風の発音がアオグ、アツカウ、オモウなのに対して、文語風に発音するとオーグ、アツコー、オモーになるといったことが議論されたことがありました。

[i]で始まることば

 次に[ia]です。「威圧」や「慰安」に[ia]があります。江戸時代、「幸せ」「つきあう」がシヤワセ、ツキヤウと発音されたとの指摘があります(松村(1998))。「幸せ」は現在でもヤ(に近い音)で発音する人がいます。
 [ii]に関し、「いい」(よい)は『新明解』ではイイまたはイーの発音が認められるとします。それ以外では、母音連続のイイは「押し板」「押し入る」「かわいい」(場合により長音も)などに、長音のイーは「おにいさん」「おじいさん」などの語に含まれます。
 [iu]には「荷受け」「荷動き」などの語があります。「言う」は、終止形・連体形はユーが標準的な発音ですが、ほかの活用形にイが現れること、ひらがなで「いう」と書くことなどから、発音もイウが正しいという誤解があります。[iu]の母音連続は、滑らかに発音しようとすると、[y]の音を介してユーとなるのに対し、ほかの活用は[iu]の母音連続ではないので、[i]のままです。終止形・連体形からの類推でユワナイ、ユッテ、ユエバといった発音が行われることがあるため、それらについてイワナイ、イッテ、イエバが標準的であると判断する勢いで「言う」もイウが標準的であると考えたくなるのかもしれません。
 [ie]は「言え」や「家」に現れます。うれしいときに発する「イエーイ・イェーイ」または外来語の「イエール・イェール」などでは、[ie]と[je]とで発音がゆれます。
 [io]は動詞の「言おう」をイオーと発音する場合のほか、名詞ではドラゴンクエストというコンピューターゲームに「イオ」と呪文が出てくることを思い出しました。「ビオレ」(商品名)はビヨレに聞こえることがあります。

[u]で始まることば

 [u]に行きます。「不安」などの語中に[ua]が含まれます。「たくあん」に対する「たくわん」の場合は、[w]が間に入っています。「ルワンダ」(国)と「ルアンダ」(アンゴラの首都)は、[w]の有無により地名が区別されます。
 [ui]は「うい(やつだ)」や「薄い」に含まれます。「寒い」のサミーなど一部の形容詞には長音の発音があります。
 [uu]の母音連続の音として発音するのは動詞の「救う」「巣くう」など一部のものに限られ、多くの語は「空気」「きゅうり」など長音で発音します。
 [ue]には「上」や「飢え」があり、[uo]には「魚」があります。これらにはウウェ、ウウォという発音も聞かれます。

[e]で始まることば

 続いて[ea]です。英語のairには「エア(ー)」と[y]の入った「エヤ(ー)」とがあります。
 [ei]の母音連続でそのまま発音する語は魚の「えい」や「稼いで」など限定的です。エーガ(映画)、エーキョー(影響)など多くの漢語は長音が一般的であり、エイの発音は改まった発音という位置づけになります。また、外来語の場合は「エイズ」などエイが定着しているもの、「エース」など長音で定着しているもの、「エープリル」のほかに「エイプリル」も出うるものなど、[ei]関連の語の現状は複雑です。
 [eu]は「憂う」のほかに思いつくのは、「ノ・テウ(盧泰愚)」という韓国の元大統領の名前です。
 感動詞の「ええ」と「おねえさん」は「現代仮名遣い」(1986)に「エ列の長音」の例としてあがっているように母音連続としての[ee]ではありません。[ee]は動詞「憂える」の中にあります。
 [eo]は名字に「江尾」があり、パナソニックのエアコンの商品名に「エオリア」(固有名に由来)があります。

[o]で始まることば

 最後は[o]です。[oa]は英語のorから来た「オア」に含まれます。実際の発音を聞いてみるとオワになっていると感じることがあります。
 [oi]には感動詞の「おい」や「老い」が、[ou]には「追う」「雄牛」などがあります。一部の形容詞には「太い」のフテーのような、長音化によるぞんざいな発音があります。
 [oe]には「お江戸」「終える」あるいは不快を表す「おえっ」がありますが、これはオウェッに聞こえることもあります。
 母音連続の[oo]を持つ語はあるでしょうか。感動詞の「おお」は長音のオーです。ほかの語も「オーエン」(おうえん)、「オーカミ」(おおかみ)のように、ひらがなで「おう」と書くか「おお」と書くかにかかわらず「オー」の発音が普通です。ただし形容詞の「多い」と動詞の「覆う」が伝統的にはオオイ、オオウ、新しい発音はオーイ、オーウであるというのがわずかな[oo]の例です。伝統的にはオオ\イ、オオ\ウというアクセントであったため(低高低という並びです。\は、そこでオトが急激に下がることを意味します)、長音にはしにくかったという事情があります。新しい発音では「多い」はオ\ーイ(高低低)、「覆う」はオーウ ̄(低高高)という比較的、単純な高低関係になるので、長音が出やすくなります( ̄は音の下がらない平板型のアクセントを表します)。

まとめ

 「甘い」「辛い」のアメー、カレーのように、形容詞の長音化の場合は、「[ai]の母音連続を持つ形容詞は、ぞんざいな発音では長音化する」という法則として捉えることができるため、現在でも手軽に使われますが、「大変」のテーヘンのような長音化は、個別の語に生じた現象であり、ほかの名詞・形容動詞に簡単に適用するわけにはいかず、存在感は薄れていくばかりです。
 こうやって見てくると、母音の連続する部分の発音において、あれこれと工夫・苦労しながらやりくりしている日本語話者の姿が感じられました。特に、半母音の有無については、さらなる調査・分析が必要です。

参考文献
松村明(1998)『増補 江戸語東京語の研究』東京堂出版

中川秀太

文学博士、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代語における動詞の移り変わりについて」(『青山語文』51、2021年)
「国語辞典の語の表記」(『辞書の成り立ち』2021年、朝倉書店)
「現代の類義語の中にある歴史」(『早稲田大学日本語学会設立60周年記念論文集 第1冊』2021年、ひつじ書房)など。

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