このごろ、依頼を表すとおぼしい「(教えて)いただきたいです」や「(書いて)ほしいです」といった言い方をよく見聞きします。「教えてもらいたい」「書いてほしい」にすれば明らかなように、これらは、原則としては、依頼ではなく希望を表す表現です。では、どうして希望表現が依頼に用いられるのでしょうか。議論に進む前に一つ確認しておくことがあります。それは、こういった言い方を使う人に悪気があるわけではないということです。熱心に講義に耳を傾け、人柄もよい学生の使うことばの中に「教えていただきたいです」があることを筆者が知ったのは、去年のことです。その学生は、「~ていただきたいです」は純粋に丁寧な依頼のことばだと思っていたと、依頼表現についてふれた授業のあとに教えてくれました。このことが意味するところは、単に「教えてください」に直しなさいと言えば済む話ではないということです。以下、現代の依頼表現について考えます。
まず相手が目上(または心理的に距離のある相手。以下「目上」に統一します)かどうかがポイントです。親しい相手、同等の相手であれば、「教えて」「書いて」などを使います。ぞんざいな言い方をするなら「教えろ(よ)」「書け(よ)」です。相手を目上と認めたならば、敬語を使うという段階に進みます。
依頼という行為には、相手に何らかの負担をかけるという事実があるため、申し訳なさなどを表すために、間接的な表現が選ばれることとなります。直接的な「教えてくれますか」(詰め寄られている感じがするという向きがある)よりも「教えてくれませんか」のほうが丁寧に感じられるということです。デスマス体よりも丁寧に言い表す場合は、「教えてくださいますか・教えてくださいませんか」または「教えていただけますか・教えていただけませんか」といった形をとります。肯定形と否定形の差については、民俗学者・石塚尊俊(1918~2014)が毎日新聞(夕刊、1975年7月26日)で述べた以下の指摘が参考になります。
人にものをたのむときに「何々して下さいますか」とか、「していただけますか」というようないい方をする人が、近ごろとくに多くなってきたようである。(中略)われわれならば当然「して下さいませんか」というところを、やにわに「して下さいますか」とやられると、少なくとも気分としては素直に受け入れにくい。
「~てください」については、次のような指摘があります(岩淵ほか(1965、pp.26-27))。
目下というか下の者が上の者に対して、命令形を使うでしょう。何々して下さいと。昔だったら否定の形で、何々して下さいませんか、と言うのがよりていねいだったんですが、あまり言わなくなったですね。先生こうして下さいませんか。という代りに先生こうして下さいと堂々と命令的に言うんですね。※塩田良平による。
国際交流基金(2001、p.219)では「もう少しゆっくり話してください」について「日常の社交語としてもっとも普通に用いられる形式である」と述べます。「~てください」の広がりがうかがえます。
率直に頼むなら「~てください」、より間接的に頼むなら「~てくださいませんか」(または「~てくださいませんでしょうか」「~てくださらないでしょうか」)や「~ていただけませんか」を使うということで、すみ分けがうまく成り立ちそうですが、さらに「いいですか」(または「よろしいですか」)という形が選択肢に加わります(水谷(2011、p.59))。
「質問させてください」のつもりで、この頃は「聞いてもいいですか」と言う人が多いですね。そうすると私は「いけない」と言いたくなります。これが昔でしたら、「聞かせてください」と言ったと思います。しかし現在では、「ください」というのは、強制力をもって人に強要していると受け取っているらしい。
子どもは、親から「(早く)食べなさい」という命令表現およびそれを和らげたテ形の「食べて」を聞いて育ち、学校では教師から「(教科書を)読みなさい」の代わりに「読んでください」と頼まれる、という生活に慣れています。教師は「やさしい先生」であることが世間から求められるからといった理由により、命令形を使うことをさけていますが、「~てください」が意味するところは、実質的には命令です。それゆえ子どもの立場からは、「~てください」は依頼を装った命令表現であるというふうに敏感に意識します。もっとも、たとえば施設の備品について、「ご自由に使ってください」という文言があったり、信号に「夜間はボタンを押してください」と書かれていたりする場合に、そこに強制力を感じることはないから、「~てください」そのものに問題があるわけではない、と冷静に分析できる人もいます。
以上を背景にして出てきたのが、「~ていただきたいです」です。依頼表現のうち、「~てください」は上記の理由により使いたくない。そこで、身近な表現である希望の「~たい」に「いただく」という、敬語として思いつきやすい形をくっつければ「~ていただきたい」ができあがるという流れです(「~てほしいです」のほうは、「もらう→いただく」のような手続きを踏むことができず、「これほしい」など、幼い子どもが使うことの多い形式であると感じるためか、学生自身にも、幼い言い方だと捉える人が少なくありません)。「~ていただきたいです」を使う人の気持ちは、「~てください」のような相手に押しつける感のある表現よりも、「~ていただきたいです」のほうが一歩ひいた印象があり好ましいというものです。したがって、冒頭で述べたように、悪気があって使うわけではありません。
結論を述べます。「~ていただきたいです」は「~てください」より丁寧な依頼形式として認められてしかるべきかという疑問に対する、ここでの答えは否(いな)です。理由は、この形が新しいからでも、主に若い人が使うからでもありません。「~てくださいませんか」など疑問の「~か」で問われた場合は、イエス・ノーの選択の余地が受け手にあるのに対し、「~たいです」の場合は、その余地がありません。相手に頼みにくいことを頼むからには、ことばづかいの面で何か表現を和らげる工夫をするというのが依頼表現の本質の一つですが、そのような工夫がなく、ぶしつけであると見なされかねない、それが「~ていただきます」を適切な依頼表現ではないと考える理由です。加えて「~ていただきたいです」が目上の相手に「希望、その実、依頼」という意図を押しつける点も問題です。「です」があろうとなかろうと、「たい」が表すのは自身の希望(欲求)です。それゆえ「~ていただきたいです」そのものは依頼を表しません。表すかのように感じられるのは、受け手が「送り手がそういう希望を持っていることを私(受け手)に伝えてきたということは、私が希望に応じることを頼んでいると解釈できる」というふうに、送り手の気持ちをおもんぱかって理解しているからです。この言い方を使う人は、相手にこのような解釈上の負担をかけていることを理解し、はたして目上の人にそのようなこと(明確に述べず「察してくれ」という態度をとること)をしてよいかどうかを自問する必要があります注。
以上の説明に納得し、別の表現を探るという気持ちを持ってくれた人にすすめられる形式は、依頼であるということを明確に示しうる「~てくださいませんか」か「~ていただけませんか」です。ただし「くださる」が使いにくいという人が増えている現実を考慮するなら、「~ていただけませんか」系統の言い方を使うのが無難でしょう。「~ていただきたいです」において「いただく」を使っているわけですから、動詞そのものは言いかえる必要がなく、それに続く助詞・助動詞の微調整をすれば済むからです。さらに表現を和らげたければ、「もしよろしければ~」などの前置き表現が選べます。もちろん単刀直入に頼むべき状況であれば「~てください」、書きことばで丁寧に気持ちを伝えるなら「~れば幸いです」「~ると幸いです」を使う、というふうに状況によって使い分けることも可能です。
注「ご検討いただければ幸いです」のような言い方に「~たいです」と似たものを感じる人がいますが、この場合、「~れば」という仮定の形が持つ意味が効いています。あくまで仮定のことであり、それを認めるかどうかは受け手の判断によるということが表されるため、そこに丁寧さが出るという仕組みです。
参考文献
岩淵悦太郎、塩田良平、白石大二、福田清人(1965)「日本語のみだれと青少年」『青少年問題』12
国際交流基金(2001)『文法Ⅱ 改訂版 第1版 第3刷』凡人社(「第1版 第1刷」は1993年の刊行)
水谷静夫(2011)『曲り角の日本語』岩波書店
中川秀太
文学博士、日本語検定 問題作成委員
専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。