
日本語には、「消費税について議論する」の「について」(に+つい+て)のように、複数の語がくっついて一つの助詞や助動詞のように使われるものがあります。日本語学の世界では、このような単位のものは、複合辞、複合助詞・複合助動詞、連語などと呼ばれることがあります。ここでは、複合辞に呼び方を統一し、その表記を考えていきます。対象とする複合辞は、山崎、藤田(2001)の一覧を参考にします。
一般的に、助詞や助動詞をひらがな表記するのと同じように、複合辞もひらがな表記でよさそうですが、中には、複合辞以前の(つまり動詞や名詞としての)使い方と大差がないと見なされ、動詞・名詞の場合と同じく漢字表記がふさわしいという語もあります。ここでは、教科書やマスメディアの表記について、おおよその分類を施すことと表記のゆれが生じる要因を探ることを目的とし、ゆれの解消にまでは踏み込みません。以下で使う表記辞典は、『朝日新聞の用語の手引 改訂第2版』(以下『朝日』)、『NHK漢字表記辞典』(『NHK』)、東京書籍の『教科書表記の基準 2021年版』(『教科書』)、共同通信社の『記者ハンドブック 第14版』(『共同』)、時事通信社の『最新用字用語ブック 第8版』(『時事』)、『読売新聞用字用語の手引 第7版』(『読売』)です。
たとえば、「(せい)ては」「(書い)ても」などは、漢字表記の習慣が乏しいため、ほぼ自動的にひらがなが選べます。「~からには」「~って」「~とは」「~との」「~だけに」も同様です。時折、古い小説などをもとにして「だけ」を「丈」と書く人がいますが、現代表記としては使う必要がありません。また、「(言った)そばから」や「~ごとに」は、「傍から」「毎に」が表外音訓を用いた表記であるため、教科書やマスメディアなど、「常用漢字表」(2010)に従った表記を行う分野では漢字は使いません。
次に語源的には「名詞+助詞」からなる、「(そう言った)ものの」「~ものを」「~ものなら」などを見ます。これらは、形式名詞の「物」ではなく「もの」と書くことが多いという傾向を生かして、複合辞の場合もかな書きを標準とすることができます。「(いくら言った)ところで」「~ところが」など形式名詞「ところ」が入っている複合辞も同様です。
「(読んだ)うえで」「(見た)くせに」「(した)あと」などについては、『NHK』や『共同』など、「上」「癖」「後」ではなく、ひらがな表記を優先すると明記する辞書があります。「後」の場合は、音読みの「ご」との読み分けのためという理由もあります。
漢字表記が優先されるものに、「(寒い)折から」や「(カネを貸す)代わりに」があります。どちらも、「おる」「かわる」という動詞の連用形から派生したものです。あまりこのような用法の表記にふれる辞書が見られない中、『NHK』の「代わり」の用例に「…の~に」とあるのが参考になります。「~」に「代わり」が入ります。
「名詞+助詞」タイプの複合辞のうち、表記のゆれが存在するものとして「~わりに・~割に」があります。「苦労したワリニ」のように使う場合、形式名詞風だと見なせば、ひらがなが選びたくなる一方で、比率・比較の意味の場合は、「割に合わない」など、一律に「割」と書くという方針も考えられます。たとえば、『教科書』では「年のわりに若く見える」は「わりに」と書くようにしています。「仕事はわりに早く終わった」の場合も「わりに」とあるので、あるいは、「わりに」の意味・用法と「割」という漢字のつながりが見いだしにくいと判断されたのかもしれません。他方、「わり」の見出しのもとに、『朝日』や『共同』は「安い割に」、『読売』や『時事』は「有名な割に」を示しているので、新聞では、漢字表記を原則としていると判断できます。
「~において」「~を問わず」など、「助詞+動詞+助詞」「助詞+動詞+助動詞」の構成を持つ語は数が多いため、次の見出しのもとで検討します。
まず、漢字表記が比較的に安定しているタイプの複合辞を見ます(以下では、山崎、藤田(2001)の一覧のうち、助詞の「に」と「を」が冒頭に来るものに対象を限定します)。たとえば、「(会議に)先立って」は、動詞の意味が生きていて、「先立つ」という動詞の場合と同じ表記が選ばれやすい傾向にあります。同様のものが「~に関して」「~に応じて」「~に対して」「~を介して」「~を通じて」など、「漢語+し(じ)+て」の構成のものに多々見られます。
次に、ひらがな表記が一般的な複合辞を見ます。これには、①漢字が「常用漢字表」で認められていない表外音訓である場合、②もとの動詞の意味から外れた意味を複合辞が持つ場合、の二つがあります。①に該当するのは、「~において」や「~にわたって」です。「に於いて」や「~に亘って」という表記はしないということです。
他方、「就」は「社長に就いて改革を行う」など「就任」の意味の場合にのみ使い、「歴史について語る」など「関連」の意味を表すのには使わないというのが②の場合です。「(私)にとって」や「(春から夏)にかけて」「(何か)につけて」も「に取って」「に掛けて」「に付けて」とは書かないのが一般的です。
「(本を書く)にアたって」「(成長する)にシタガって」「(寒くなる)にツれて」「(先生)をハジめ」「(税額)をメグって」のカタカナ部分は、漢字でもひらがなでも書かれることがあります。ひとまず、教科書および新聞・放送の用字用語辞典でチェックします。
ここで問題としている用法についての記述が辞書にない場合は、その項目を空欄にしてあります。表からわかること、推測できることを述べていきます。まず、「アタッテ」は、辞書により「当たって・あたって」両方があることにより、ゆれの存在が明白です。「に際して」という意味で使う場合は、「当」の持つ接触・当選などの意味から遠ざかるためにかな書きとするか、その意味のずれを無視するかによって、ゆれが生じます。「はじめ・始め」にも同じく辞書ごとにゆれがあります。また、『時事』の「めぐる」には「柔らかい記事では平仮名書きにしてもよい」という注があるため、実際の記事には、「めぐって・巡って」が両方、出てきそうだと想像できます。
『NHK』と『教科書』がかな書きを選ぶ「ツレテ」は、新聞・通信の辞書には載っていません。「つれる」は、「連」の訓読みとして「常用漢字表」に載るから、「ツレテ」も「連れて」と書いて問題はない、問題がないから見出しを立てることがないと考えられます。その結果、放送・教科書と新聞とでずれが生じます。以下には、読売新聞の使用例を見ます。使う記事は、「朝刊」「全国」「外部の執筆者の書いたものを除外」という条件を満たすものに限ります。
経済政策が財政拡張的な色合いを強めるにつれて急上昇。
(2026年2月8日)チームが強くなるに連れて反発が薄らいでいった面もあったという。
(2024年11月29日)動詞の「連れる」が「伴う」「同行する」という意味で使われるのに対し、「~にツレテ」という場合は、「時間の推移と物事の変化」を表現するのに使われるところに特徴があります。それは、「~にシタガッテ」にも言えることです。「従って」(3文字)と「したがって」(5文字)という差があり、新聞では前者が選ばれやすいようにも見えますが、実際には、漢字で統一されているわけでもないようです。
戦争が長引き、米兵の戦死が増えるにしたがって、
(2025年4月26日)与党の支持率はいったん下がった後、拘束、逮捕と尹氏が追い詰められるに従って上昇した。
(2025年1月30日) 「守る」「随行する」の意味からずれていることによって、一つ目の例のようなひらがな表記が生じます。
新聞では、漢字で書ける語であっても、かな書きを禁止してはいません。ゆえに、上記のような用例が見られることイコール表記の統一が確立していないこと、とは言えません(ただし、一つの記事の中で表記にゆれがあれば問題です)。言えるのは、上記の五つには、かな書きが選びたくなるそれなりの理由があり、それによって、漢字・ひらがなのあいだでのゆれが生じうる、ということまでです。
ここでは、助詞として使う複合辞の表記を検討しました。このほかに、「(来る)はずだ」や「(見た)に違いない」など、助動詞として使う複合辞があります。これについては、別の機会に考えます。また、上述したもののうち、表記のゆれが見られる語については、さまざまな分野の用例を数多く集めて傾向などを確かめる必要があります。
参考文献
山崎誠、藤田保幸編(2001)『現代語複合辞用例集』国立国語研究所
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中川秀太
文学博士、日本ウェルネススポーツ大学スポーツプロモーション学部 准教授、日本語検定 問題作成委員
専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。