日本語クリニック

 このごろ、料理番組などでラーメンなどの味の感想を述べる際に使われる「えんみ(が強い)」という表現に対して、どうして「えんみ」?、「しおあじ」じゃだめなのか?、という声を聞きます。これについては、「塩味」と書いて「えんみ」と読むか、「しおあじ」と読むかというだけの問題ではなく、味と味覚と程度を考慮に入れて考える必要があります。
 味は食べ物が持つ性質、味覚はそれを口に含んだ人間に生じる感覚、程度は、その感覚の強弱というふうに区別しておきます。

味と味覚と程度

 たとえば「しょうゆ味」「みそ味」「豚骨味」という場合に「しょうゆみ」「みそみ」「とんこつみ」とは言いません(念のため断ると、以下では「しょうゆみ」などと言わない人の感覚に基づいて議論します)。また、「しおあじのラーメンが好き」とは言っても「えんみのラーメンが好き」とは言いません。したがって、「えんみ」を使う人は、味の話をするときの「しおあじ」とは別の目的のために「えんみ」を使っていると考えられます。その目的とは、味覚のことでしょうか。
 味覚には、甘い、塩からい、すっぱい、苦いの四つがあります。すべて名詞で表現するなら、 ( あま ) み、えんみ(塩味)、 酸味 ( さんみ ) ( にが ) みとなります。そこに、うまみを足せば五つになります。味覚としての甘みや酸味は、あくまで感覚の種類として名づけられたものであり、他方、「甘みが足りない」や「えんみが強い」などと使う場合は、味覚というよりも、砂糖や塩の程度、分量を問題にしているため、程度の話として別に考える必要がありそうです。なお、「み」の表記については、後述します。

「塩味」の特殊性

 甘さを「~み」で表す場合、和語「あまみ」と漢語「かんみ」があり、「甘み・甘味」と書けば読み分けができます。苦さについては、和語「にがみ」と漢語「くみ」があります。ただし、「くみ」は日常語ではありません。和語のほうを「甘味」「苦味」と「味」で書くのは当て字表記です。すっぱさについては、やや複雑です。もともと「すい」という2モーラの形容詞がありましたが、形容詞としては語形が短いために「すっぱい」のほうが好まれるようになってきたという経緯があります(一般的な形容詞の長さは3モーラ、ないし4モーラ)。かつては、「すっぱい」は俗っぽいという見方もありました(野元1967)。「~み」の形で表現しようとする場合、漢語の「酸味」のほかに和語の「すっぱみ」「すみ」という言い方もあるものの、「酸味」のほうが優勢です。
 少し「み」のことを補足説明します。和語の接辞に名詞を作る「み」があり、「あま」「おも」「しげ」など、同じく和語のことばとくっついて、「甘み」「重み」「茂み」といった語を作ります。これに対して、漢語の接辞にもたまたま同音の「み」があり、「五味」「風味」などに使われます。「重み」「茂み」の場合は「重味」「茂味」とは書きません。あくまで「甘味」「苦味」など、味に関する場合のみ、「酸味」など漢語の場合をまねて漢字で書く、それが当て字表記と見なされるということです。
 塩からさについて形容詞では、「しおからい」(「しおっからい」「しょっからい」とも)に対して、「しょっぱい」の勢力が伸びてきています。「塩からい」の意味で「みそ汁がからい」などという人もいましたが、現在は、「からい」は、トウガラシの入った刺激の強い物について、典型的にはカレーやキムチを想定して使う人が増えているため、「塩からい」の意味で「からい」は使いにくくなっています(ただし西日本では「からい」が「塩からい」の意味で今も用いられます(篠崎2017)。ワサビなどは、「からい」ではなく「きつい」「きいている」などと表現されることが多いでしょう。
 「しおからみ」「しょっぱみ」という「~み」の言い方はなく、「からみ」が塩からい味(あじ)の場合に使いにくいため、「えんみ」(漢語)と「しおみ」(和語)のどちらを使うかという問題が生じました。「えんみ」は、『日本国語大辞典〈第2版〉』には「食物を料理する時の塩のきかせかげん。塩加減。また、塩のまじりぐあい。しおあじ」として、1717年の用例が載っています。他方「しおみ」のほうには、「塩のはいった味。しおあじ」として1965年の用例が添えられています。「えんみ」がここ最近に作られた新語というわけではないことがうかがえます。
 以下、技術的な問題について述べます。それは「しおみ」の語種・音訓の扱いです。漢語の「えんみ」が「塩味」と書かれ、それを「しおみ」と読んだのがきっかけであるなら、「和語+漢語=混種語」のように感じられます。他方、「えんみ」とは無関係に「甘み」や「赤み」などの同類として作られたのであれば、「和語+和語=和語」という判断になります。もし辞書に載ることになった際は、どのように処理されることでしょうか。

程度を表す表現

 すでに述べたように、「えんみが強い」「ほどよいえんみ」などという場合、それは塩加減を問題にしています。「塩加減」のほか、「塩気(しおけ)」「塩あんばい」という言い方もありますが、特に「塩あんばい」には古めかしさを感じる人もいることでしょう。「あんばい」については、1975年の雑誌記事の中で「言葉の話になるんですけど、この間、思わず“きょうはいい塩梅で”っていって、ハット、これは古い言葉だなって思いましてね。“いい塩梅(あんばい)で”というのはお天気のことです。いま、こんな言葉、めったに聞かれないでしょ」とドイツ文学者の高橋義孝氏が述べています(高橋、山口1975)。天気のことにかぎらず、「加減」の意味で「あんばい」を使う人が減っていることは容易に想像できます。「~あんばい」が廃れたなら、「~加減」または「塩気」の「~け(気)」が残ります。しかし、「湯加減」「焼き加減」などの語が現役である「~加減」はともかく、「~け」は、使う人が減っている可能性が疑われます。仮に「~け」の語が衰退しつつあるとするならば、「人けがない」は「人がいない」、「水けを切る」は「水を切る」と表現される可能性があります。個別の語による事情があるでしょうから、一概に「~け」の語が使われなくなっているとは言えませんが、少なくとも、「えんみ」の使用が伸びているということは、その一方で、同じような意味を表す別の語の存在感が薄くなっているのではないか。そうした観点から語彙のあり方を眺めることが求められるのは確かです。

「えんみ」とテレビ・ラジオ

 専門家が「えんみ」を使うという意見もありますが、必ずしもそうとは言えないようです。たとえば、2026年1月に見たテレビの料理番組では、料理の専門家が「しおけ」と言ったのに対し、字幕で「えんみ」に直されていました。「しおけ」を使う専門家もいるわけです。
 「しょっぱい」「塩からい」のように形容詞で表現すると、そのま(ん)ま、子どもっぽい、アマチュアという印象を持たれる可能性があるのに対して、名詞の「えんみ」を使えば、「えんみがどうだ」「どういうえんみだ」というふうに、分析する感じ、専門家っぽい感じが表されるというのが「えんみ」の好まれる理由でしょう。
 2010年代にはやった「やばみ(「やばい」の名詞化したもの)」のような「~み」の語が何らかの影響を与えた可能性があるかどうかはわかりません。
 「えんみ」が気になるなら、素直に「しょっぱい」などの形容詞を使ったり、「しおけが強い」と言ったりすればよく、「えんみ」でないとダメであるとか、ほかの表現を「えんみ」に直すとかいったことをする必要はないでしょう。

参考文献
篠崎晃一(2017)『東京のきつねが大阪でたぬきにばける 誤解されやすい方言小辞典』三省堂
高橋義孝、山口瞳(1975)「東京有情」『文芸春秋デラックス』19
中川秀太(2020)「教科書と放送における標準表記の比較」『青山語文』50
野元菊雄(1967)「共通語の成立」『東書高校通信』53

中川秀太

文学博士、日本ウェルネススポーツ大学スポーツプロモーション学部 准教授、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代日本語のジェネレーションギャップ」(2024年、武蔵野書院)
「日本語検定と校閲との接点を探る」(2024年、日本経済新聞社の勉強会における発表)
「同訓異字の「使」と「遣」」(2024年、毎日新聞の「毎日ことばplus」への寄稿)
「「わがこと」「じぶんごと」「ひとごと」「よそごと」「たにんごと」」(『東京女子大学日本文学』121、2025年)
「肯定・否定を表す対義的な応答詞の使用によって生じる社会的な分断」(『大正大学研究紀要』110、2025年)
「きちんとことばを伝えるための10章」(2025年、共著、朝倉書店)
「「お間違いありませんか」に間違いはありませんか」(2026年、東京書籍)など。

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