
外国人留学生の中には、日本語のレベルが上達し、アクセントについてもネイティブのように理解したいという人がいます。そのような人たちから受ける質問の一つに次のものがあります。東京の電車によく乗ることがあるため、駅名のアクセントに傾向やユレがあるなら教えてくれないかという質問です。外国人学習者、または、日本語ネイティブのうち、アクセントに関心がある人のためにマニュアルを作成することにしました。
静岡県浜松市には、火伏せ(防火)の神を祭る秋葉神社があり、それと同じ名前の神社が現在の東京の秋葉原の地に作られました。明治時代のことです。そして、秋葉神社のアキバに原っぱの意味をつけ足すために「のはら」「がはら」が添えられ、アキバノハラやアキバガハラと発音されました。その後、国鉄(現在のJR)が駅名にアキハバラを採用したため、アキハバラが一般化します(秋永1995)。バとハのオトの順番がひっくり返った格好です。これが国鉄独自の判断によるものか、それとも、一般にアキハバラと発音されることが多くなっていた結果なのか、はっきり答えのわかる資料は見つけられていません。
高田馬場は、「東京都新宿区の地名。江戸時代に馬場があり、堀部安兵衛の仇討ちの地として有名」(『大辞泉〈第2版〉』)と記されます。歴史的にはタカタノババと発音します。しかし、駅名にタカダノババが用いられたことにより、現在はタカダノババが一般的です。『日本国語大辞典〈第2版〉』(以下『日国』)は、タカタノババで意味・用法を説明し、タカダノババのほうには、「たかたのばば(高田馬場)〔一〕」に同じ」とのみあります。そして、タカタノババの補注欄に「山手線の駅名「たかだのばば」により、現代「たかだのばば」とも」と記しています。今後、2032年に完成予定の『日国』の第3版においては、歴史的な地名はタカタノババ、現在の駅を中心とした地域はタカダノババというように、二つに分けて記述されるようになるかもしれません。堀部安兵衛のころの話をする中でタカダノババが出ないようにする必要があります。
以上のほかに、エコダ(江古田、西武池袋線)とシンエゴタ(新江古田、都営大江戸線)の区別、「白金」はシロカネであり、シロガネではないといった注意点があります。白金は、東京の港区以外の、全国にある地名としてはシロガネである場合が少なくありません。「鉄」を意味する古い言い方はクロガネです。こういったことを考慮すると、シロガネが無条件に不自然な語形とは呼びにくくなり、港区の場合に、シロガネと言いたくなる人がいるということは理解できます。また、20世紀末には、白金に住むおしゃれな女性を指す「シロガネーゼ」という語が流行しました。白金はシロカネであるという感覚がすべての人に共有されているならば、「シロカネーゼ」と名づけられたはずです。要するに、伝統的な語形はシロカネだと意識的にならなければ、いろいろな人にとって、迷いが生じうる地名だということです。
皇居の近くにある「竹橋」は、タケバシと発音するのが一般的ですが、タケハシと言ってしまうという人もいます。『日国』では、「たけばし」で立項しながらも、語釈の前に「(正しくは「たけはし」)」とあり、謎めいています。古くはタケハシであるという意味でしょうか。
なお、センカワ(千川、豊島区)とセンガワ ̄(仙川、調布市)のように、清濁とアクセントの両方で区別される場合もあります。両者の区別がはっきりしていないと、たとえば、池袋からタクシーに乗って千川で降りるつもりが、眠りから覚めたら仙川まで来ていた、などということになりかねません。
いったん、非標準的な言い方が出てきたものの、それが修正されて本来的な言い方に戻るということもまれにあります。深川の「大島」は、オージマが伝統的な言い方ですが、戦後に団地ができて、新しい住民が増えたころには、オーシマと発音されるという現象が起こりました(秋永1995)。しかし、幸いと言うべきか、地下鉄の駅名がオージマとなり、それに伴ってオーシマの発音は下火になりました。伊豆大島の大島をはじめとして、オーシマと発音する場所が各地にあるのに対し、オージマという濁音の発音をする地域は一般的ではない、ということがオーシマの出てきた背景にあると言えます。
2モーラ(拍)の語は、イヌやネコ、カキやソバが該当例です。地名のアクセント(2モーラから4モーラ)については、『新明解日本語アクセント辞典〈第2版〉』(以下『新明解アク』)に載る「地名」のページを参考にしながら考えます。
「一・二拍語は、ほとんど頭高型」(『新明解アク』)という傾向があり、例として「津」「伊勢」があがっています。東京の駅名には、1モーラのものはありません。2モーラの駅名には、タマ(多磨、西武多摩川線)、ネズ(根津、東京メトロ)があります。ただ、根津は、上野や神田のように全国的に知られた地名ではありません。そのため、よそから来た人には、ネズ ̄? というような迷いが生じます。以下に示すように、平板型の2モーラの地名はいくつかあり、それに合わせた可能性もありますし、根津神社がネズジンジャと発音することをもとにしてネズ ̄を引き出した可能性もあります。多磨のほうに同様の問題が生じていないのは、普通名詞のタマ(玉、球)がブロック要因になっているのかもしれません。根津のほうも、「ネズ ̄では、ネズノバン(寝ずの番)」の意味になってしまうという反論ができますが、この言い方を理解・使用する人は、「玉、球」と比べると少数派であり、反論しても相手に意図が正確に理解されない恐れがあります。
次に平板型の地名を見ます。該当例は、オク ̄(尾久、オグかオクかという問題はここでは扱いません)、キバ ̄(木場)、ヒノ ̄(日野)、フダ ̄(布田)、ミタ ̄(三田)です。木場については、かつては尾高型(イヌと同じアクセント)であったとの指摘もあります。ほかの語についても尾高型→平板型という変化があった可能性も残ります。東京の近くの地名としては、千葉が尾高型であったという指摘があります(上野2003)。現在は、千葉をチバと発音する人は皆無と言いたくなります(千葉県の全県民を対象にした調査を私がしたわけではないため、このように述べておきます)。木場については、1964年の映画の中で、ある俳優がキバと発音しているのを聞いたことがあります(若手の俳優はキバ ̄でした)。
3モーラ以上の語については、次回、解説します。
※単語に傍点がついている部分は、その部分のオトが高いことを意味します。 ̄は、「が」などの助詞をつけてもオトが高いままであることを表します。尾高型の場合は、イヌガ(犬が)のように、「が」をつけると、そこでオトが下がることが確認できます。
参考文献
秋永一枝(1995)『東京弁は生きていた』ひつじ書房
上野善道(2003)「アクセントの体系と仕組み」『朝倉日本語講座3音声・音韻』朝倉書店
中川秀太(2024)『現代日本語のジェネレーションギャップ』武蔵野書院
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中川秀太
文学博士、日本ウェルネススポーツ大学スポーツプロモーション学部 准教授、日本語検定 問題作成委員
専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。