日本語クリニック

 助詞の「が」や「を」は、かな書きするのが一般的です。当たり前だと思うでしょうが、では、その根拠は? と問われると答えにくいことでしょう。現代語における公的な基準としては、「当用漢字表」(1946)の「使用上の注意事項ロ」に「代名詞・副詞・接続詞・感動詞・助動詞・助詞は、なるべく仮名書きにする」とある一文があげられます。その後、「常用漢字表」(1981)では、代名詞や副詞、接続詞のうち、漢字表記が一般的なものについては、漢字表の語例として掲げられるようになりました。他方、感動詞、助動詞、助詞については、語例欄に掲げられていません。これについて、三省堂編修所編(2026)では「常用漢字表」(1981)の「答申には「感動詞・助動詞・助詞のための字種や音訓は取り上げない」とあり、仮名書きが普通と考えられているのであろう」とあります。このうち、感動詞については、確かに「ええと」「おや」「うん」など、典型的な感動詞がかな書きであることに異論はないでしょうが、「畜生」「糞」など、名詞から感動詞に転じたものの中には、漢字表記が存在する場合があります。したがって、感動詞の表記は別に考えることとし、以下では、助詞と助動詞について、そのかな書きを徹底するために必要な注意事項を検討することにします。一部の助詞・助動詞については、漢字で書こうとする人が見られるからです。あわせて、「~ていく」など補助用言(補助動詞、補助形容詞)と呼ばれるものの表記も検討します。

助詞の表記

 「(ネコ)が(いる)」や「(アイス)を(食べる)」のような格助詞、「(寒い)から」「(軽い)ので」のような接続助詞、「(いい)よ」「(いい)ね」」のような終助詞、こういった助詞については、かな書きが十分に定着していて、漢字で書く現象はほぼ見られません。問題は、「(私)は(学生です)」や「(いつ)か(見たい)」のような副助詞と呼ばれる助詞の中に「(2日)くらい(「ぐらい」とも)・位(でできる)」のように、漢字表記される語があることです。
 「公用文作成の考え方」(2022、以下「公用文」と略記)では、「常用漢字表に使える漢字があっても仮名で書く場合」として、「位→くらい(程度)」「等(△)→など(例示。「等」は「とう」と読むときに用いる。)」「程→ほど(程度)」と示しています。△は、「常用漢字表」に漢字は載っていても、その音訓が認められていない、つまり表外音訓を示すための記号です。助詞をかな書きするための有力な基準です。しかし、公用文を書くような立場の人には、よく知られていても、一般の人に広く知られている事柄ではないため、児童・生徒が目にする教科書などにも同様の説明が欲しいところです。現状では、①助詞の表記について指導されることがない、②小説や漫画で「2日位」と書く例を見かける、③漢字のある語については、なるべく漢字で書くのが望ましいと思い込む、といった流れにより、大学生になってからも、「位」や「等」(「など」のつもりで)、「程」といった助詞の表記が出現します(たとえば大学生の書くコメントシートという、授業の感想などを書く紙によく見られる)。
 以上の副助詞のほかに、「だけ」を「丈」と書いたり、「まで」を「迄」と書いたりする事例も見られます。「迄」は、「常用漢字表」にない漢字、表外字です。したがって、助詞はかな書きという方針を徹底するには、一部の助詞の例示ではなく、漢字表記の可能性のある助詞を網羅的に掲げて、かな書きに誘導する措置を要します。

助動詞の表記

 助動詞にも助詞と同様の問題が一部にあります。「飲みたい」「来るようだ」を「飲み度い」「来る様だ」のように書くというものです。パソコンやスマートフォンでは、変換候補に出にくいため、普通はかな書きが行われますが、手書きの場合、1字1字の表記を自分で選んで書くことになるため、このような表記が出てきます。品詞ごとの表記を考えているわけではなく、その語に漢字があるかどうか、あるなら漢字で書くという感覚なのでしょう。

補助用言の表記

 補助用言は、補助動詞と補助形容詞の総称です。助詞の「書いてみる」や「書いてほしい」など、助詞の「て」の後ろに続く動詞や形容詞のことです。「公用文」には「~(し)て行く→ていく」「(~し)て頂く→ていただく」「~(し)て下さる→てくださる」「~(し)て来る→てくる」「~(し)て見る→てみる」「~(し)て欲しい→てほしい」「~(し)て良い→てよい」が例としてあがります。「てほしい」「てよい」が補助形容詞の例です。「て」はないものの、「うれしく(は・も)ない」の「ない」も補助形容詞として扱われることがあります(沖森編2021)。「おカネがある」「おカネがない」というときの、「ない」は形容詞の「ない」です。有無を強調するときには「ある・ない」と書くという立場もありますが、私としては、そういう書き分けはやめて、「ある・ない」で統一してかまわないと思います。「ある・ない」でも有無の意味はしっかり伝わります。
 日本語文法学会編(2014)によると、補助動詞には、アスペクト(動詞の表す動きの局面。動作が継続中か、完了したか、といった意味を表すものと捉えてください)に関係する「(て)ある」「(て)いる」「(て)しまう」(縮まって「ちゃう」)、「(て)いく」「(て)くる」「(て)おく」、授受(やりもらい)に関係する「(て)もらう」「(て)くれる」「(て)あげる」「(て)やる」「(て)いただく」「(て)くださる」「(て)さしあげる」、その他(または意図・もくろみに関係するもの)の「(て)おく」「(て)みる」「(て)みせる」があるとされます(ここでは、「(て)」を添え、「アスペクト」と「授受」に言い添えを施したのが私によるものであり、ほかは引用です)。以上のうち、表記で悩む可能性があるのは、「いく」と「くる」です。「買っていく」か「買って行く」かというような事例があるからです。これについては、東京書籍の『教科書表記の基準 2021年版』に「「反対側へ走っていった」のように、その意味からは「行った」と表記すべきだと考えられるものもあるが、意味を判断しての使い分けは境界線の引き方が難しく、かえって不統一を招くことになりかねないため、「…ていく」の形をとる場合には、意味にかかわらず、仮名で書くことを原則とする」とあるのが有益です。「(てくる)」の項目には、「いく」を参照するよう示されているので、「てくる」はかな書きが原則であることがわかります。
 したがって、簡単なルールとしては、「て」に続く動詞・形容詞は、すべてかな書きというものが設定可能です。なお、日本語文法学会編(2014)に載っていない「(書いて)ごらん」も、「て」に続く補助動詞(活用はない)と認定し、統一性を求めて、かな書きでよしとするのが妥当です。

補助用言に準ずる複合動詞の後項

 最後に「て」がつかないものの、アスペクトを表す補助動詞と似た意味・用法を持つ動詞の表記を考えます。「食べ始める」の「始める」のような動詞のことです。複合動詞には、前に来る「食べ」などを前項と呼び、後ろに来る「始める」を後項と呼ぶ習わしがあります。アスペクトを表すものとしては、「始める」のほか、「だす」「かける」「つづける」「つづく」「おわる」「おえる」「きる」「つくす」があります。「食べ始める」や「書き終える」のように、漢字表記が一般的なものがあるため、「(て)ある」「(て)いる」と同じくかな書きという方針が貫きにくいと言われることがあります。
 ここでは、①動詞が時間に関する意味を表し、漢字で書かれやすい語は、複合動詞の後項としても漢字表記、②動詞が時間以外の事柄を表し(たとえば「布団を出す」の「出す」に時間の意味はありません)、複合動詞の後項として時間に関係する意味を表すのは派生的な意味、のうち、①は漢字表記、②はかな書きというふうに区別することを提案します。「始める」「終わる」「終える」「続ける」「続く」は、本来的に時間に関する意味を表すので漢字表記、「(走り)だす」「(食べ)かける」「(投げ)きる」「(食い)つくす」などは、かな書きという区別です。もっとも、「掘り出す」や「かみ切る」など、後項としても、本来の(単独の場合の)動詞の意味が生きているという場合があるため、意味によって書き分けるのは難しいという意見もあることでしょう。それならば、先ほどの「ていく」についてのやり方と同じく、「だす」や「かける」は、意味にかかわらず、後項として使う場合は、すべてかな書きとするのがブレの生じにくい方法です。それはちょっとなあ、漢字も使いたいなあと考え始めると、表記のゆれが止まりません。ここでは、ゆれを止めたい人にとって、ためになる解決策を探りました。

参考文献
沖森卓也編(2021)『日本語文法百科』朝倉書店
三省堂編修所編(2026)『新しい国語表記ハンドブック 第10版』三省堂
東京書籍株式会社編集局表記見直しWG編(2021)『教科書表記の基準 2021年版』東京書籍
日本語文法学会編(2014)『日本語文法事典』大修館書店

中川秀太

文学博士、日本ウェルネススポーツ大学スポーツプロモーション学部 准教授、日本語検定 問題作成委員

専攻は日本語学。文学博士(早稲田大学)。2017年から日本語検定の問題作成委員を務める。

最近の研究
「現代日本語のジェネレーションギャップ」(2024年、武蔵野書院)
「日本語検定と校閲との接点を探る」(2024年、日本経済新聞社の勉強会における発表)
「同訓異字の「使」と「遣」」(2024年、毎日新聞の「毎日ことばplus」への寄稿)
「「わがこと」「じぶんごと」「ひとごと」「よそごと」「たにんごと」」(『東京女子大学日本文学』121、2025年)
「肯定・否定を表す対義的な応答詞の使用によって生じる社会的な分断」(『大正大学研究紀要』110、2025年)
「きちんとことばを伝えるための10章」(2025年、共著、朝倉書店)
「「お間違いありませんか」に間違いはありませんか」(2026年、東京書籍)
「大正・昭和前期の日本語」(2026年、共著、朝倉書店)
「標準語と方言」(『東京女子大学日本文学』122、2026年)
「敵と味方の言語学」(『大正大学研究紀要』111、2026年)
「語種と造語と借用と」(『日本語学』525、2026年)

E-mail:shutagawa@gmail.com

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